企画短編2

□Sepia Color
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開けっ放しの部屋の窓から吹き抜ける秋の風。

夏の風みたいに蒸し暑くはなく、かと言って冬の風ほど冷たくはない。

心地良い風。


またこの季節がやって来た。
オレが一番好きだった季節、そして…アイツと別れた季節。

あれから何度も季節は巡ってるってのに、オレの心はあの日から止まったまま。

夏が終わり秋が来る度に、後悔という痛みがオレの心を抉(えぐ)りやがる。

仕事にかまけて何ひとつしてやれなかったアイツの、別れ際の最後の笑顔が頭から離れない。


アイツは今何してんだろう…

馬鹿な男だよな。別れて随分経つっていうのにこんな事思うなんて。

何も言わなくても、待っていてくれるもんだと勝手に思い込んでいた自分に、今更ながら腹がたつ。

何であの時「好きだ」と言えなかったんだろう。

別れたあの日の事を思い出しては、また胸が抉られる。


我ながら女々し過ぎる。


こんな気持ちをいつまでも引きずっていても仕方がない。

このままじゃ時間だけが無意味に過ぎて、オレの心だけがアイツと別れたあの日のあの海で立ち止まったまま。


そろそろ前に進もう。


そう思わせてくれたのは、一枚の写真だった。

久しぶりに掃除した部屋の片隅で見つけた一枚の写真には、アイツとオレが笑っていた。

色褪せた写真の中、二人でよく行ったあの海をバックに笑っているオレ達。


色褪せている写真

ずっとこのままではいられない。
このまま色褪せていく思い出の中で生きている訳にはいかない。



オレは写真を握り締め車を走らせていた。

あの日、アイツと別れたあの海へと。

確信があった訳じゃない。ただ、あの海に行けば何かが変わる。
そう心が急かしている。

止まっていたはずの心が少しずつ動き出そうとしている。



夕日に染まる海は、あの頃と何ひとつ変わってはいなかった。

アイツがいない事を除いては…

砂浜を見渡せる場所に車を停めそっと目を閉じれば、聞こえて来るのは穏やかな波の音だけ。
頭ん中をぐるぐるとあの頃の二人の思い出が駆け巡る。




「ほら早く。こっちよ」


波の音間から聞こえて来たのは、懐かしい声。

ふと目を開けば、砂浜を歩く懐かしい笑顔。

長い髪が風に揺れている姿はあの頃のまま。


オレは幻でも見てんのか?

何度も目を擦ってみても、目の前のアイツは消える事はなかった。

車を降りて、アイツが歩く砂浜へと駆け出そうと立ち上がった。



「シカマル、早く」

「なんだよ。そんなに走らなくても海は逃げねーよ」



楽しかった思い出が蘇る。
あの頃と同じように、オレの名前を呼んでくれるんじゃないかと期待していた。




「ママー!」


アイツの元へとおぼつかない足で駆け寄って行く小さな子供。

その子供を抱き締める…アイツ。

そんな二人の姿を優しく見つめる男はきっと…。


アイツが笑っている。
優しい母親の顔で笑っている。

オレが見た事もないくらいに幸せそうに。


アイツにはもうオレとは別の時間が流れていたんだ。

止まっていたのはオレだけ。



気付けば、涙が頬を伝っていた。


男が泣くなんてみっともない。そう思って、流さずにいた涙。

今は止める事が出来ない。


水平線に沈んで行く夕日も砂浜に佇む三人の姿も涙で霞んだ。

これで良かったんだ。

後悔したって立ち止まっていた時間は取り戻せやしない。

あんなに鮮明に思い出されていたアイツとの記憶は、今セピア色に変わろうとしていた。


「幸せにな…」


車のバックミラー越しに映る三人の姿にそっと呟き、オレは車を走らせた。



どんな涙も流れ続ける事はない。
止まった涙と入れ替わるようにオレの心は動き始めた。


end

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