企画短編2

□いつか二人で月に行こう
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「お前なんつー顔してんだよ」


バルコニーの手すりに肘をつく私の腰に回ったシカマルの腕。
振り向いた私の顔を見たシカマルがそう言うのも無理はない。

二日続けて徹夜だった私の目の下には、ちょっとやそっとでは倒せそうもないクマが住みついているのだ


「うん。仕事で寝てなくて…そんなに酷い?」

「酷いなんてもんじゃねーよ。つーか寝てないんならこんなとこで酒飲まねーで寝ろよ」

「こんなに綺麗な月が出てるのに、寝ちゃうなんてもったいないでしょ」


私は秋の夜空に金色に輝く丸い月に乾杯するように缶ビールを手向けた。


「月が見たいってよりもこれが飲みてーだけだろが」


私が持っていた缶ビールを奪ったシカマルは、美味しそうに喉を鳴らしながら飲み干した。


「全部飲んじゃった?」


目の前で空になった缶を意地悪に振るシカマルに、私は口を尖らせる。

尖らせた唇は、ビールの味が残るシカマルの唇に容易く奪われた。


シカマルの腕の中から見る月は、いつもよりも輝いて見えた。


「知ってるか?秋の月ってのは一年で一番綺麗なんだぜ」


シカマルらしくないロマンティックな台詞に、私は腕の中でクスクスと笑った。


「何だよ?」


見上げたシカマルの顔が怪訝そうに私を覗き込んでいた。


「知ってるか?秋の月ってのは一年で一番綺麗なんだぜ」


同じような台詞を私は以前聞いた事があった。

もうずっと昔、私達がまだ子供だった頃に…


「ねぇ、覚えてる?」


意味有り気に尋ねる私に、シカマルは不機嫌そうに答える。


「は?何をだよ?」


やっぱり、覚えてないか…
私にとっては結構大事な思い出なんだけどな。

だって、私がシカマルを男として意識したのは、たぶんあの日から…




あの日の夜、親の目を盗んで抜け出した家。
目的地は、二人だけの秘密の基地。

街灯が心許なく照らす真っ暗な道を私達はしっかりと手を繋いで走った。

前を走るシカマルの背中が、小さい癖にやけに頼もしく見えてたっけ。

辿り着いた秘密基地。
夜のその場所は、思ってた以上に真っ暗で怖くて震える私の手をギュッと握り締めてくれたシカマルの手の温かさは今でも忘れない。


「ほら、みてみろよ」

小さな手が指差したのは、秋の夜空に輝くまん丸な金色の月。


「わあ!きれい!」


素直に喜んでいる私をシカマルは、得意気な顔で見てた。


「あきのつきってのは、いちばんきれいなんだぜ」

「へぇー!ねー、シカマル。おつきさまのなかでウサギがピョンピョンしてる」

「おー!ホントだ」



丸い月の中ウサギが二羽で仲良く餅つき。
今だったら絶対に笑ってるだろうシカマルも、あの頃はまだまだ可愛い幼稚園児。


「いーなー。わたしもウサギとおもちつきたいな…」


怖さも忘れて、二人共夢中で金色の月を眺めていたあの夜。
別れ際、手を振る私にシカマルが言った言葉。


「いつかふたりであのつきにいこうな」





「おい、覚えてる?って何をだよ」


金色の月に導かれるように思い出した懐かしい思い出。
ぼんやりとしている私にシカマルがもう一度聞いて来た。


「ううん、何でもない。寒くなってきたね。中入ろか」


私はするりとシカマルの腕をすり抜け、バルコニーを後にしようとした。


「今日の月ん中にもウサギがいるんじゃねーか?」


どこに隠し持っていたのか、二本目の缶ビールを片手にニヤリと笑うシカマル。

私はシカマルの手から缶ビールを奪い取った。


「いるよ。ウサギが二羽お餅ついてる」


俯き加減に肩を震わせてシカマルは笑った。


「ねぇ、シカマル」

「あ?」

「いつ私を月に連れて行ってくれる?」


皮肉めかした問いにも、シカマルは動じる事なく口角を微かに上げニヤリと笑う。


「連れてってやんねーよ」


シカマルは軽々と私の体を抱え上げた。


「別のとこになら今すぐ連れて行ってやるよ」




いつか二人でに行こう


その夜私が連れて行かれたのは月ではなく、ベッドの上だった。

でも結局、眠れなかったんだけど…



end

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