企画短編2

□涙の理由
1ページ/1ページ

寝転んだ芝生は、少しだけ暖かかった。

眺めた空はどこまでも青く、ぽっかりと浮かんだ白い雲は風に乗ってゆっくりと流れていた。


「はぁ…」


こんなに天気が良いってのに私の口から出るのは溜め息ばかり。

ポケットから取り出したリボンの付いた小さな青い箱を空めがけて思い切り投げれば、今にも溶け込みそう。

いっそのこと、この青い空に溶け込んじゃえばいいのに。

あぁ、頑張ってバイトなんかするんじゃなかった。


夏休み中、休みナシでバイトして貯めたお金で買ったシルバーのピアス。
ずっと前に、みんなで遊んだ時「これいいな」ってシカマルが呟いていたのを私は聞き逃さなかった。

シカマルとは会えば喧嘩ばかり、いつも憎まれ口しか言えない私だけど今度こそは素直な気持ちを伝えよう。


「好きだよ」って。


今朝そう意気込んで登校したはいいけど、シカマルの姿は教室にはなかった。
授業を受ける気にもなれず、サボるつもりで行った屋上で思いがけずシカマルの姿を見つけた。

シカマルとクラスメートの女の子二人の姿を…

シカマルの手には彼女からであろう大きなプレゼント。


二人に気付かれないように私は静かに屋上を後にした。





寝転んだ私の目尻からは、一筋の涙が流れた。

バカだな…泣いたってしょうがないのにね。

手元に戻って来た箱をもう一度、空めがけて投げる。


「あ!」


手元を狂わせ飛ばした箱は、とんでもない方向へ飛んで行く。

慌てて飛び起き、取ろうとした箱は他の誰かの手に見事にキャッチされた。


「よっ!サボリ女」

「…シカマル」


今一番会っちゃいけないヤツの姿に余計に涙が溢れそうになる。


「何朝からサボってんだよ」

「別にいーでしょ。それより、それ返してくんない?」

「よかねーよ。そこはオレの場所なんだからな」


私が寝転んでいた場所は、シカマルの特等席。
いつもここに寝転んで空を眺めているシカマルの隣にいるのが私にとっては至福の時だった。


「今は私の場所なんです!てか、返して」


片手をシカマルに向けて返してもらおうとしても、アイツは簡単には返してくれない。

意地悪に笑いながら空高く掲げられた箱は、私がどんなに背伸びしても届きそうもなかった。


「もういい!」


膝を抱え座り込み、そっぽを向いた私の涙腺は既に限界だった。

次から次に溢れて来る涙をシカマルに気付かれないように

私の頭の中はそれだけで一杯だった。
でも、そんな事考えても涙は一向に止まりそうもない。

そんな私の膝の上に、そっと乗せられた水色のハンカチ。

何も言わずに私の隣に寝転んだシカマル。


「ハンカチなんか持ってるんだ」


こんな可愛げのない事しか言えない自分にがっかりしてしまう。


「無理矢理持たされたんだよ」


空を眺めていたシカマルの頬が、ほんの少しだけ赤くなった。

それがなんだか可愛くて、私は涙を流しながらもクスクスと笑ってしまった。


「何笑ってんだよ。使わねーなら返せ」


私の膝の上のハンカチを取り返そうとシカマルの手が伸びる。
すかさず私は、それを交わした。


「せっかくだから使ってあげる」


綺麗に折り畳まれたハンカチからは、ほのかに柔軟剤の香り。

好きな柔軟剤の香りになんだかホッとする。


「何で泣いてるか聞かないの?」


相変わらず空を眺めているシカマルに話しかけると、視線は空に向けたまま答えは返って来た。


「別に興味ねーし」


シカマルらしい答えに、私はまた笑ってしまった。


「なぁ」

「何よ」

「サボリついでに、どっか行かねーか。オレの愛車で」


何を企んでいるのか、ニヤリ笑ったシカマルが指差す方には彼の自転車があった。


「あんたの方がサボる気満々じゃん」

「うるせー。行くのか?行かねーのか?」


考える時間なんていらなかった。だって答えはひとつだから。


「行く!」

「よし、じゃあ行くぞ。ついでにコレはオレが貰っとく」


シカマルの手に持たれたままだった箱は、彼のポケットへ収まった。


「ついでにって、何のついでよ。ま、いーよ。それシカマルにあげるつもりだったんだし」


その場のノリで言えた本音はやっぱりどこかひねくれてた。


「他にもオレに言う事あんじゃねーか?」


今なら言えそうな気がしたけど、待ち構えられるとやっぱり恥ずかしい。


「な…何もないよ」

「そうか。まぁ、いいけどな。それより、乗れ」

私はシカマルの腰にしがみついた。


「どこ行くの?」

「分かんねー」


風を含んだシカマルのシャツからは、ハンカチと同じ柔軟剤の香り。



「好き…だよ」


背中に向かい聞こえないように小さく呟いた。

それをシカマルがしっかり聞いていた事を私はもちろん知らなかった。



自転車を降りたらちゃんと言おう。


誕生日おめでとう と

大好きだよ を

君に…



涙の理由を聞かない君の優しさが堪らなく大好きだよ


end

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ