企画短編2

□また明日
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穏やかな波の音、温かい風。

夕暮れの海岸沿いに一人佇めば、姿は見えなくてもあなたの存在を感じる。


「また明日」


そう言って、大きな手を振りながら小さくなって行く背中が今も瞼の奥に焼き付いて離れない。

「また明日」
あなたの明日は、いつも明日ではなかった。

一週間後だったり、十日過ぎていたり、酷い時は一カ月以上過ぎていた時もあった。

明日が明日ではなくても、あなたが「また明日」そう言えば必ずこの場所に帰って来てくれた。

どんなに時が過ぎても必ず…






「それでは、また明日」


いつもと同じ別れ際の台詞。
変わらない控え目な笑顔。

私もいつもと変わらず、手を振り見送るはずだった。

けれど夕日に染まる海がいつも以上に赤く、胸騒ぎがして大きな背中を呼び止めた。


「鬼鮫!」


立ち止まった背中を必死に追い掛けるけれど、砂に足を取られ、なかなか進めない自分がもどかしく知らぬ間に頬を涙が濡らしていた。

やっと追いつき、肩で息をしながらしがみついた鬼鮫の胸。
その胸に触れれば、不安なんか治まると思っていた。

でもそれは治まるどころか余計に募り「この手を離してはいけない」そう思った。


「どうしたんですか?」


しがみつく私の手を鬼鮫の手が包んだ。

真っ赤に潤んだ目で鬼鮫を見上げれば、彼は困ったように笑いながら私の頭を撫でる。


「いつものあなたらしくありませんね」


微かに震える手を片手で力強く握られても、不安は消えない。

体ごとすっぽり抱きしめてくれれば…

でも分かっている。
きっと彼は抱きしめてはくれない。

抱きしめれば、お互い別れが辛くなる。そう知っているから。


「ごめんね」


無理に作った笑顔は、自分でも分かり過ぎるくらいに引きつっている。

きっと鬼鮫にはバレているはず。

だけどそれに気付かないフリをして私に笑いかけ、「また明日」

数分前と同じ言葉を数分前と同じ笑顔で私に言った。
数分前と何もかも変わらず。

ただ一つ、すがる私の手を力強く握ってくれた事を除いては。


あなたが「また明日」と言えば必ず帰って来てくれる。

頷いた私を見届け、鬼鮫は背を向け歩き出した。

小さくなっていく背中が見えなくなるまで、私は手を振り続けた。

「また明日」心の中で呟きながら…






今日も、あの日と同じ夕日で真っ赤に染まった海を見ている。

あの時の不安が嘘のように、今は穏やかな気持ちが胸を満たしていた。


また明日。
私の手を強く握り、あなたがそう言ってくれたから。



海から吹く風は暖かく、あなたの体温のように私を包んでくれる。

穏やかな波の音はあなたの声のように、優しく耳に残る。

この場所にいれば、体全てであなたを感じられるから寂しくはない。



水平線に沈む夕日は、また明日朝日となって新しい一日を希望と共に連れて来てくれる。

だから私も待ち続ける。

今、水平線に沈む夕日が、朝日と共にあなたを連れて来てくれるまで。



明日が明日でなくても、一年先でも、二年先になっても…




「また明日」
あなたが言ってくれたから



end

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