企画短編2
□ふたつのことば
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目を覚ますと、そこはいつもと変わらない部屋。
だけど隣にあるはずの、いつも私をすっぽり包み込んでいる温もりはない。
「あ、そっか…」
昨日の事を思い出し、寝ぼけていた私の頭はスッキリ目覚めてしまった。
「喧嘩したんだった…」
どちらが悪いかと聞かれれば、悪いのは私の方。
いつも怒りを露わにしない鬼鮫は、昨日の夜も一方的な私の悪態にも無言だった。
他の人から見れば至って普通なのだが、私には分かった。
彼が今までになく怒ってるって…
一緒に住み始めて三年。
流れで決まったような結婚に不安もあり、少しナーバスになっていた私は、つい彼に当たってしまった。
悪いと思いすぐに謝ったけれど、彼は吸いかけの煙草をらしくなく荒々しく押し消して、普段使う事のない客間に入って行った。
多分そのまま客間で寝たんだろう。
一人で迎える朝に肌寒さを感じ、カーディガンを羽織りキッチンへと向かった。
しんと静まったキッチン。
すぐ隣の客間から微かに聞こえる、平和な彼の寝息になんだか腹が立つ。
私はわざと大袈裟な音を立てて、朝食の準備を始めた。
客間の襖が静かに開き、何事もなく起きて来た彼はテーブルに準備した朝食には目もくれなかった。
いつもの「おはよう」も、キスもなし。
期待はしていなかったけれど、そんなにあからさまに怒ってますみたいな態度とらなくても。
その日の喧嘩はその日の内に終わらせたい主義の私。
もちろん昨日の喧嘩も昨日で終わらせるつもりだった。
朝になればいつもと変わりなく、二人で笑いながら朝食を食べよう。なんて思っていた。
でも、今のこの彼の態度にふつふつと怒りがこみ上げて来た。
我慢、我慢
私はテーブルの下で、拳をぐっと握り締めた。
バタンと玄関の扉が閉まり、結局一言も私と話さないばかりか、一度も目を合わす事なく出掛けてしまった。
怒りをぶつけるようにテーブルを握り締めていた拳で思い切り叩けば、手がつけられなかった朝食が皿の上から零れ落ちた。
テーブルを叩いた拳は少しだけ赤く腫れ、その上に零れる私の涙。
まだ怒ってるの?
いつもならすぐ仲直りするのに、そうじゃない今の現状に苛立ち、今更思ってもしようがないのに喧嘩してしまった事を後悔した。
それからは何もやる気が起きなくて、テーブルの上にはまだ朝食が並んでいる。
窓の外には青い空が広がっているのに、私の気持ちは曇ったまま。
こんなに天気いいんだったら、お弁当作って二人でピクニック行きたかったな。
そんな事を考えていると、また涙がポロポロと零れて来る。
この涙を止める術(すべ)は、思い付く限りただ一つ。
やっぱりもう一度鬼鮫に謝ろう。
立ち上がったと同時に玄関のチャイムが鳴った。
もしかして、と思い逸る気持ちを抑えながらドアを開けば、そこにいたのは鬼鮫ではなかった。
「山中花屋でーす」
花屋らしきその人は抱えていた大きな花束と、「お幸せに」の言葉と笑顔を私に渡し帰って行った。
茫然とする私が抱えた花束から、何かを伝えるように落ちる一枚のカード。
手に取ったブルーのメッセージカードには、何も書かれていなかった。
手に取った瞬間に浮かんだのは鬼鮫の顔。
そして鬼鮫の気持ち。
ごめん…ね
止まらない涙が次から次にブルーのカードの上に落ち、淡いブルーの水溜まりを作った。
ごめん…ね
気付けば花束を抱えたまま玄関に座り込み、何度も何度もそう呟いていた。
肩を震わせ泣きじゃくる私を大きな温もりが包み込む。
「すみませんでした」
耳元で囁かれた言葉は優しく胸に響いたけれど、それは私が言わなければいけない言葉。
私は何度も首を振りながら、「ごめんね」を繰り返した。
鬼鮫の大きな手が、私の止まらない涙を拭う。
そして私の頭を優しく撫でると、もう一度強く抱きしめてくれた。
「あなたの不安な気持ちに気付いてあげられなくてすみませんでした」
悔しそうに、そして心底申し訳なさそうに言う彼を私は強く抱きしめ返した。
私の方こそ本当にごめんね。
鬼鮫がただ怒ってるって思い込んで、一人で怒ったり泣いたりして。
私の勝手な不安に気付かなかった自分を責めてたんだね。
こんな私をそんなに思ってくれてたなんて…
溢れる気持ちは言葉になって、私の口から零れた。
「ありがとう」
こんな私を大切に思ってくれて。
答えは重なった唇から私の心に伝わった。
優しくて甘いキスが鬼鮫からのありがとうの返事。
ふたつのことば
心を込めた「ごめんなさい」と「ありがとう」
そして、たまにでいいから愛の言葉があれば
これからも私達はずっと一緒歩いていける
「愛の言葉は、たまにでいいんですか?」
「その代わり、キスは毎日ね」
end
HAPPY happy birthday!KISAME♪