企画短編2

□背中
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前を歩く背中はすげー頼もしくて、オレはその背中を見ながらいつか追い越してやるんだと子供ながらに思ってた。





「ただいま」


玄関の戸を開けるなり、台所から聞こえて来たのは母ちゃんの声。


「シカマル?ちょうど良かった。ちょっとお父さん迎えに行ってちょうだい。いつもの所にいると思うから」

「はぁ?」


誕生日だからと、五代目が気を利かせて早めに帰らせてくれたってのに、結果コレかよ。


「ぶすくれてないで、さっさと行く!」


あからさまに不満げな顔をしたオレが、母ちゃんには見えているかのようだった。


「はいはい」

「はい、は一回!」


お決まりの台詞を聞き流しながら、オレはだるそうに玄関の戸を閉めた。

「…ったく」


朱色のインクを零したような秋の夕空を見上げ、溜め息を吐いた。



家を出て程なくすれば見えて来る呑み屋の看板。
オヤジの行きつけのこの店に来るのは、かなり久しぶりだった。

ガキの頃はよくこんな風に迎えに来てたっけな。

最後に来たのはオレが二十歳になった時、二人で特に語る事もなく呑んだんだよな。

あれ以来か…

オレも忙しくて、オヤジなんかはオレの比じゃねーくらいに忙しい。
家で会うのなんてめったにねーし、三人で飯食うのも最近は全くなくなっちまってた。

そんな現状を知っての五代目の計らい。って訳だったってのに


「…ったく、オヤジのヤツ」


暖簾をくぐれば、カウンターには見慣れた顔。



「丁度良いところに来た。ほら、シカク。孝行息子が迎えに来てくれたぞ」


オレの顔を見るなり、イノイチのオッチャンがオヤジの肩を揺すった。
反対側の隣にはチョウザのオッチャンがにこやかにその様子を見ている。


「やっと来たか。待ちくたびれたぜ」


振り返ったオヤジはさほど呑んでなかったのか、至って普通。


「悠長に呑んでねーで、早く帰らねーと母ちゃんの雷が落ちる寸前だぜ」


「そりゃ大変だな」


全然大変とは思ってねーってのが、その顔を見れば分かる。


「シカマル、後は宜しくな。結構呑んでるから」


軽く会釈して店を出ようとしたオレに、イノイチのオッチャンが目配せしながら言った。


「余計な事言うんじゃねーよ。ほら、帰るぞ」


オヤジにがっしりと首に腕を回され、引きずられるように店を出た。

店を出た瞬間にオレを解放して、前を歩くオヤジは酒なんか呑んでねーみたいだった。

別にコレなら迎えに来なくても

そう思った瞬間、それまで普通に歩いていたオヤジの体がふらついた。


「おい、大丈夫かよ?」

慌てて駆け寄ったオレを見て、オヤジは自嘲気味に笑っている。


「ちょっと呑み過ぎた…な。肩かしてくれねーか」

「いーけど、歩けるのかよ」


オヤジの腕をオレの肩に掛ければ、思ったよりもずしりとかかるオヤジの重み。


「まさかお前に肩かりる日が来るなんてな。オレも歳取ったもんだ」


そう言ったオヤジの顔は、何故か嬉しそうに見えた。





「ただいま」


今日二度目のこの言葉に、母ちゃんは今度は笑顔で迎えてくれた。


オヤジは照れ臭いのか、家が見えるとオレの肩を離れて一人先に家に帰っていた。


「オヤジは?」

「酔い覚ますからって、先にお風呂よ。結構呑んでたの?」

「あぁ、珍しくな」


いつもなら怒るはずの母ちゃんが、今は笑っている。
オレが首を傾げていると、母ちゃんは余計に笑った。


「あんたは知らないだろうけど、あんたの誕生日にはいつも呑み過ぎるくらいに呑んでたのよ」

「誕生日に?」


「そう。あんたの生まれた時からの話を酒の肴にして嬉しそうに呑んでたのよあの人」


オヤジがオレの話をしながら、嬉しそうに呑んでる姿を想像出来ないでいるオレを尻目に母ちゃんはそれまでのオヤジの姿を思い出しているのか、口元が緩んでいる。


「ま、今日はちょっと話がくどかったから、あんたが帰って来るまで外に行ってて、って言っちゃったんだけど」


その場面だけは容易に想像出来たもんだから、オレは思わず吹き出した。


「厳しい事も言うだろうけど、なんだかんだでお父さんあんたの事…」

「分かってるっつーの」


オレは母ちゃんの言葉を遮った。
言わなくても分かっている。生まれてからずっとあの背中を見続けて来たんだから。

もちろんオヤジだけじゃない、母ちゃんの背中も。


冷蔵庫から冷えたビールを取り出したオレを見て、母ちゃんがグラスを三つテーブルの上に置いた。


「たまには三人でね」





さっき感じたオヤジの重みは
きっとオヤジが背負っているモノの重み

オレがあの背中を追い越すのはまだまだ先かもしれねーな


end

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