企画短編2

□思い出は優しい雨の中
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雨は優しい思い出を記憶の片隅から呼び戻してくれる。

幼かった私のナルト君との優しい雨の日の思い出を…





それはまだ、アカデミーに入学して間もない頃。


下校時間を待っていたかのように降り出した雨。

準備良く傘を持って来ている人や、お迎えを待つ人でごった返す入り口にナルト君はいた。


「やーい!お前なんか濡れて帰ればいーんだ」

「絶対傘に入れてやらないからな」

「はははは」


容赦なく浴びせられる冷たい言葉にもナルト君は怯む事なく立ち向かっていた。


「うるせー!傘なんかなくってもオレってばつえーから平気なんだってばよ!」

「はははは!じゃあ濡れて帰れ!」


傘をさして帰る同級生達に取り残されたナルト君の背中は、なんだか少しだけ寂しそうに見えた。


握りしめた傘を渡したいけど、恥ずかしくてそれが出来ない私はただナルト君の背中を頬を染めながら見ている事しか出来なかった。


「お、ヒナタ何してるんだってばよ。帰らねーのか?」


私に気付いたナルト君が振り返り、話し掛けるだけで嬉しくて真っ赤になってしまう。


「あ…あの、これ…」


精一杯の勇気を振り絞って持っていた傘をナルト君に渡した。


「貸してくれるのか?」


私が頷くとナルト君は満面の笑みで私の渡した傘を受け取った。
一瞬触れたナルト君の手は、とても温かくて私の心までポッと温かくしてくれた。


「あ…でも、ヒナタはどうするんだ?オレに貸したら傘ないだろ?」

「私は…いいの。気にしないで…」


更に赤くなった顔を俯かせて答えると、ナルト君は私の手を引っ張った。


「一緒に帰るってばよ。そしたらオレもヒナタも濡れなくていーだろ。オレってば頭いーな」


大きな口を開き白い歯を見せてニシシと笑うナルト君に私も小さな笑みを零す。


「笑ってたほうがいーってばよ」

「え?」

「いつも下向いてばっかりだけど、ヒナタは前向いて笑ってたほうがいーってばよ」


火が出るんじゃないかと思うくらいに顔が熱い。

そんな私を見て、ナルト君はまた笑う。


「ほら、帰ろう」



初めてナルト君と並んで歩いた帰り道。


「あの花、なんだかヒナタみたいだってばよ」


ナルト君が指差したのは雨の中ひっそりと咲いていた紫の紫陽花。

どこが私みたいなのか分からない。だけどそれを聞くのは恥ずかしくて、私はただ頬を赤くして俯いた。


「ん?赤くなってどうしたってばよ」


不意に近付いて来たナルト君の顔に私の頬は更に赤くなる。


「…ううん。なんでもない」

「そうか?あ!オレんちここだから。じゃあ、ヒナタまた明日な。今日はありがとう」

「うん。また明日」


笑顔で手を振るナルト君。



二人の足音。
傘を打つ雨の音。
雨で霞む景色の中、咲いていた淡い紫の紫陽花。

雨が降る度に思い出す。



「あーあ、とうとう降ってきちまったな」


あの日の思い出に浸っていた私。
背後から聞こえて来たナルト君の声に振り向いた。


「…ナルト君」

「お!ヒナタ。お前も傘持って来なかったのか?」


私は首を横に振った。
いつ降ってもいいように傘立てに置いていた傘を取って見せた。


「流石ヒナタだな」

「あの…」

「ん?」


言おうか言うまいか、俯いた顔は熱を帯びてくる。


「どうしたってばよ」

「…良かったら、一緒に!」


勇気を出して差し出した傘をナルト君は優しく受け取ってくれた。触れた手はやっぱり温かい。


「ありがとだってばよ」

二人並んで歩く帰り道。

あの時と同じ。
同じ高さだった肩の位置は、いつの間にかナルト君の方が随分と高くなっていた。


「久しぶりだってばよ」

「え?」

「昔一度だけヒナタとこうやって帰った事あったよな」


嬉しかった。
私だけの思い出になっていたと思っていたのに、ナルト君もちゃんと覚えていてくれた。


「うん」


あの時と同じ場所に咲いている紫陽花。


「やっぱりあの花、ヒナタみたいだってばよ」


どうして私みたいなのか、やっぱり今も分からない。

理由を今聞いてしまったら、次はもうないみたいで…

だから今日も理由は聞かずにいよう。


雨が降る度に思い出す思い出が今日またひとつ増えた。



二人の足音。
傘を打つ雨の音。
雨で霞む景色の中、咲いていた淡い紫の紫陽花。


思い出は優しい雨の中。いつまでも消える事なく雨が降る度蘇る。



end

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