心空もよう

□けんがく
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……来るとこ、間違えました

帰ろうとする前にもよちゃんを探すと、先に体育館に入っていた彼女は真っ青になりながら固まっていた。

あの位置は丁度バスケットボールがバウンドした所なはずだ。あんな間近で爆発めいたバウンドを見たら、そうなるに決まっている。

もよちゃんに部活の説明をしていたらしき男子バスケ部の先輩も、冷や汗を流していた。


「ちーす!今日の練習はどこで………うお!」

「うわっ」


ガンっと鈍い音と共に、後ろから打撃が来た。あまりの痛みに頭を押さえて、前かがみになる。

緑間君を見送って立ちっぱなしでドアを閉めたから、扉が開いたらそりゃぶつかるよね…………


「うわぁぁ!!ご、ごめん!ほんっとごめん!空さん頭大丈夫!?」


その聞き方は大丈夫じゃないけど、血も出ていないし平気だろう。

涙目になりながら大丈夫を繰り返しても、説得力に欠けるけど。

土下座でもしそうな勢いで謝る高尾君をなんとかなだめて、引いてきた痛みに知らんふりを決めた。

優しいな高尾君…どこぞの眼鏡は邪魔の一言を最後に消えていったよ……


さっきの仕打ちもあってか、高尾君の優しさが傷だらけの心に染みてくる。痛みとは別にまた泣きそうになった。


「てか何この雰囲気。ピリピリしてるっつーか……あれ?」


素早くこの体育館の空気に気付いた高尾君は、こちらに歩いてくるもよちゃんに瞬きをした。


「こころちゃん私帰るねっ…こ、こ、怖かったっ…。まだ鳥肌が!」

「え、ちょ、もよちゃ…」

「ごめん私、怖いのは無理なのー!」


そう言って素晴らしいフォームで友達は体育館から逃げ出してしまった。

半泣きの彼女を止められず、取り残される。

体育館にいたマネージャー希望だった女子も、それを皮切れに次々体育館を出た。ビクビクしていたり、眉を吊り上げたり、その表情は様々だ。

一体私がここに来る前に何があったんだ。



「…………また緑間君かよ」


ボソっと呟いた高尾君は、唇を尖らせて髪をかき上げた。

また、なんですか。
緑間君は兵器であり、トラブルメーカーでもあったようだ。

触らぬ緑間君に被害なし。

そそくさと私も帰ろうとしたその目の前に、高尾君が立ち塞がる。


「……高尾君。ちょこっと右に移動してくれるかな」

「おっと。バスケ部のディフェンスをなめちゃいけないぜー?」


にこやかに何言ってんだこの人。

腰を低くして両手を広げるその格好は、確かにバスケ部っぽかった。でも私を練習相手にしてどうする。


「あいつのせいで女子マネージャーも男子マネージャーも来ないわけよ。まあ性格きっついからビビっちゃうみたいな?」

「私もその一人なんだけどなー」


右に行くと防がれ、左に動くとすぐ高尾君の手が伸びてくる。正面から高尾君を抜けそうになかった。

しかも、嫌な予感がする。



「向こうの入口あるもんね!」


逃げるが勝ちだ。
咄嗟に身を翻して、もう一つの出口に向かって走る。

しかし後ろからあっさり高尾君の手が伸び、右手を掴まれた。


「はいはーい!マネージャー見学希望の空こころちゃんでーす!」

「ひぃぃぃー!止めてぇぇ!」


爽やかな大声に、バスケ部員の視線が突き刺さる。つい言葉を呑んでしまった。

高尾君の声に、明らかに部長らしき人が近付いてくる。後の部員は、何事もなく練習を再開した。鬼か。ここの部は鬼ヶ島なのか。


ちょっと誰か桃太郎呼んで来てー。
緑鬼退治しないと、私が生け贄にされてしまう。


「高尾。お前は二年の練習に混ざっていいぞ」

「やりぃー!じゃ、部長よろしくお願いしますね!」


明日高尾君の上履きに納豆撒いてやろう。
そう誓いながら、身長の高い部長さんを見上げる。

まずその顔は笑っていなかった。

日本男児のように凛々しい顔をしているせいか、緊張が駆け巡る。背筋を伸ばしながら、兵長と軍人のようなスタイルになった。


「来てくれてありがとう。俺はこの秀徳高校バスケ部の部長の、大坪だ」

「あ……一年の空です」

「まず事情が飲み込めていないようだから、その説明から始めるか」


そう言って、大坪さんは小さく笑った。どちらかというと苦笑に近いそれは、とても穏やかで、優しい。

張り詰めていた緊張を少しだけほぐし、大坪さんの話を聞いた。




「昨日から仮入部ができ、一年生にも練習に参加してもらっているんだ。高尾もその一人で、今も二年に混じり試合をしているな」


大坪さんの目線を追うと、さっきの男子が脱ぎ捨てたゼッケンをつけて練習している高尾君がいた。

こっちをチラリとも見ないで、実に楽しそうに笑ってドリブルしている。

人の気も知らないで……!



「緑間もそうだったんだが、……少し性格に問題があるようだな。切れる部員に、その空気に耐えられないマネージャー希望の女子が逃げたり、今のようなことが起こるわけだ」





緑間君の実力に苛つく部員や絶望する一年生が逃げていくらしい。

さっきの怒鳴って何処かに行ってしまった一年生男子も、大方そんなとこだろうと大坪さんは溜息をついた。

部長としては、頭の痛い問題だろう。



「……緑間君を出入り禁止にすればいいんじゃないですか?」

「いや…緑間が生み出すデメリットより、チームにもたらすメリットが多いのは事実なんだ。キセキの世代を目の当たりにして、部員もそう思わざるを得ないな。まあ、困ったことには変わりないのだが」


そんなにキセキの世代は凄いのか…
なるほど。性格を犠牲にしてキセキの実力を手に入れたのかもしれない。


……怖かったなぁ…

あの刺さるような視線に射抜かれて硬直してしまった。




「それで散々練習を邪魔された緑間は、苛ついて今外に出た。まあしばらくしたら戻って来るんじゃないか?」


さっき偶然会った緑間君の機嫌は、最悪だったわけか。我ながら運がない。

……そして戻って来る前に、逃げたい




「まあ、癖があるがいい奴なんだ。気にしないでらってくれ」



いい奴のエピソードを一つも聞いていないのに、その笑顔を信用していいのか。

それに私が緑間君を気にしないのではなく、緑間君が私なんか気にしないてので、その問題はない。

緑間君の中の私の存在は、抹消されてしまったのだから。

……また泣きそうになる



「それで、女子マネージャー入部希望でいいんだったかな?」

「あ、え」

「緑間を見ても逃げないでいてくれて、正直助かった。今までマネージャーは二年生の女子しかいなくて、三年に上がると引退しなければならないからな…」

「その」

「とりあえず簡単な話でもしてもらうから、今部員を呼ぼう」



言い出せなかった。
そんな隙も与えられずに、大坪さんが部員を呼んでしまい、あれよあれよとマネージャーの説明をされる。

緑間君と同じ部活なんて、絶対にできない。

精神が壊れてしまう。それか泣きながらせっせと働くしかない。


私の高校生活、それでいいのか。
いや、良くない。
もっと楽しく、花のような青春を送る権利だってあるはずだ。


………しかし、マネージャーの仕事を体験しながら、そんな事は主張できず


ものすごく歓迎されている雰囲気に、嫌とも言えず。

緑間君が練習に戻ってきても、逃げることもできなかった。




「じゃあこれがスコアボードで、やってみる?点数つけたり」

「あ、はい、やります」

「よーし!今から試合だからっ」



止めてそんな親切にしないで。

余計に言いづらくて胸が苦しい。



「あー!空さんじゃん!しっかり点数よろしくー!」

「………」


高尾君マジでちょっと黙って。
緑間君は高尾君の敵チームにいて、一瞬こちらを見て、まるで興味無さそうに顔を逸らした。

もう、この対応に慣れるしかない。

だいぶこの短期間に心臓が鍛えられた。


「……………わ」



試合の合図と共にボールが上がり、最初のボールは緑間君チームに渡った。

二年生の先輩らしきその人は、ボールを緑間君にパスする。

コートのハーフコートラインにいる緑間君が次にどこにパスするか見ていると、緑間君は腕を上に上げた。



「…………え?」



ボールは弧を描いて、ゴールに入る。

緑間君はそれが予想通りの結果だというように、何の感情も見せなかった。

無言で眼鏡を直し、ゴールに背を向ける。


あんなところから、シュートを決めた……?


口を開けてポカンとしているのは私だけではないようで、緑間君の味方も敵も目を見開いている。


「えと、空ちゃん、点を…」

「あ!はい!」


我に帰って、ようやく緑間君チームに三点を入れる。スリーポイントシュートどころの騒ぎでは無かったけど、本人はどうでもいいようだった。

めちゃくちゃな強さだ。

その後も緑間君のシュートは容赦なく決まり、外すことのないスリーポイントに点数もかさむ。

気付けば緑間君チームが、勝っていた。

しかし緑間君チームの誰も、喜んではいない。まるで気味の悪いものでも見るように、緑間君をジロジロ見ていた。


味方なのに、その目は濁った色をしている。

直感的に、感じてしまった。

猜疑心、嫉妬、怒り、畏怖。

とてもチームメイトに対するものではない。その最中にいる緑間君は、全てを受けても毅然としている。

真っ直ぐに、立っている。



…………強い

彼はとても、強かった。















(沈みかけた空からの夕日が)

(一人で立つ緑間君の影を)

(黒く黒く、濃くしていた)
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