心空もよう

□うんめい
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クラスを確認し、入学式に出席する。



もうどっからどう見てもずぶ濡れだった私も、いつか乾くだろうと吹っ切れた。


パイプ椅子に座りながら長い話を聞き、これから一年を過ごすクラスのメンバーをぼんやり眺める。



彼みたいな人達ばかり、なのかな。

秀徳高校のリサーチもろくにしないで入学を決めてしまったのは、失敗だったかもしれない。



会話についていけるかどうか、今から不安になってくる。

こうして観察している分には、普通の人達に見えるんだけど……


明日からいっぱい勉強しよう。
あと、あの喋り方も練習しないといけない。




……練習しないとい、いけないのだよ

う。違和感が拭えない。



ぶつぶつと心の中で繰り返しながら、いつの間にか終わっていた入学式に現実に帰る。

新入生は割り振られた教室に体育祭から移動していった。

雨も風も、まだ吹き付けている。

窓を叩くその音は何度か校長先生の話を遮っていた気もするけれど、半分以上の話を聞き流していたせいで結局何を話していたか忘れてしまった。

とにかく、今日はこのような例年に無い悪天候だけど、晴がましい日になる事を祈っている、という内容をそのままに人を変え繰り返し話されていた事だけ分かればいいか。


実に良い入学式だった、はずだ。

保護者の皆様、特にお母様方はお化粧にツーピース、それに美容院で折角綺麗に整えた髪がダメージを受けて、後ろの方で沈鬱な空気も漂っていたことを除けば。

そしてその雰囲気は新入生全員にも漂っており、教室に着席しても中々話し声は聞こえなかった。


まさか初日で何もかも新品な物達が傷物になるであろうとは、といった顔を並べている。

雨を直接体で受けていた私も例外なくその一人だし、消しゴムを…正しくは消しゴムのラッキーカラーの赤色を失ったあの人も同じ気持ちだろう。




あのテントウムシのヘアピンで、運勢を修正出来ればいいけど。


……つい、思い出してしまった


不思議な話し方。おかしな信念。壊滅的な視力。

今まで出会った人の中で、文句なしに彼が一番変人だった。

悪い人とか、そんな負の感情を抱いているわけではない。

お礼も謝罪もしてくれた、心根は優しい人だと思う。ただ、それを上回る独特の世界観に圧倒されてしまった。





純粋に、変な人。

それがしっくりくる、彼への第一印象だった。




「えーでは、今日からこのクラスを担当することになりました………」


消しゴム事件を回想しそうになったその時、打ち破るように教室のドアが開いた。

知らぬ間に来ていた担任の先生が黒板に名前を書き、簡単な事務連絡を始める。

そしてごく普通の流れで、自己紹介が始まった。


自分の格好を改めて見下ろす。

暖房の効いた体育館のおかげで、髪も制服も大体は乾いた。櫛で荒く梳かした髪は少しボサボサだけど、気にするほどじゃない。



……大丈夫、かな



果たして秀徳高校の新入生はどんなものか、お手並み拝見といこうではないか。

気合を入れて、女子から順番に教卓で自己紹介していく光景を見た。


そして、予想外に普通だった。

決してあの『なのだよ』口調ではないし、話している内容もごく一般的だし、好きな本は罪と罰とかではなく雑誌に漫画、趣味は相対性理論を解くことではなくショッピングにカラオケなど。


逆に今朝のあれは何だったんだとポカンとしてしまうくらいには、衝撃だった。

中には女子の自己紹介中に、席からギャグを挟み込んで教室を笑わせる強者の男子までいる。


何て普通の教室なんだ。

彼を基準に考えていた私が間違いだったんだ。




…………よかったー!


ここが教室じゃなかったら、安心と希望に満ち溢れながら叫んでいたところだ。

それができない代わりに、机の下で小さくガッツポーズを決める。

さっさと自分の自己紹介を済ませて席に戻り、男子の自己紹介を見る。


あまり人の名前を覚えるのは得意じゃないから、頑張らないと。

女子はこれから話せる機会が何度もあるから名前を覚え易いけど、男子は下手したら進級までにフルネームを言えない人がいるくらいだった。

眼力をいつも以上に込めて、男子を見ていく。


「てことで皆さん、よろしくお願いしまーす!」


やたらはっちゃけた挨拶で教室を沸かしたのは、さっきギャグを飛ばしていた人と同じだった。

高尾君、か。

印象は強いし、何とか覚えられそうだ。







「帝光中学校から来た、緑間真太郎です」





あれ。

どっかで見たことある人が自己紹介を始めている。

………緑間、真太郎?


凝視してしまった。

見間違えるわけが無い。あの緑の髪に、鋭い目。そして何より…僅かに学ランにつく泥に湿った全身が証明している。

消しゴムの、彼だ。

下手すれば妖怪になりそうだった緑間君は、当たり前のようにここにいる。


さっきは雨と強風のせいでほとんど声が聞こえなかったけど、こんな声をしていたんだ……


そんなことを思い話を全く聞いていないうちに自己紹介が終わってしまった。



まあ、なんだ。


一年生かよぉぉぉぉ!!

と、今度こそ叫び出しそうだった。

そんなことって、ある!?

一年生なだけだったらまだ納得行くけれど、同じクラス……っ




全員の自己紹介を見て思ったけど、秀徳高校はごく普通の…まあ敢えて言うならちょっと偏差値の高い所だ。ほっとした。

緑間真太郎という人物が飛び抜けて変…こ、個性的だっただけで。



絶対あんな頭のいい感じの人と上手くやっていけるわけない 。

見た目で判断するのはいけないと思うが、会話してみてそう感じた。もっと秀才で、学者肌の人とかとなら、楽しく会話してそうだもの。



……しかし運命とは悪戯なもので、同じクラスになってしまった


が、頑張ろう……

占いで一位な要素が何一つとして起こっていない事には目を瞑り、前向きに考えていこう。


ポジティブを意識して、配られたプリントを仕舞っていく。

先生の話を聞いた後は、解散となってしまった。

男女別の出席番号の順番に並んでいたおかげで、席の近い女の子と少し仲良くなれたのは救いだった。

明日一緒にお弁当を食べる約束とメアドの交換もして、教室を出る。


友達ができない心配ばかりしていたけれど、杞憂でよかった。クラスの女子は人の良さそうな人ばかりだし、一年楽しくすごせそうだ。


色々な事があった入学式だけど、終わってみれば、これからの楽しさで胸が弾み始めている。



嬉しさがじわじわ沸き上がってきて、配れたプリントで少し重くなった鞄を振りそうになった。

小学生みたいな行動に、誰かに見られる前に自重する。



「…………あ」



廊下を歩いていると、緑間君が歩いていた。他の所ばかりに目がいって意識していなかったし、あの時はしゃがんでいた性もあるけど、こんなに背が高かったのか。

隣をすれ違う生徒と見比べると、その身長の高さが際立つ。


百……八十はある。
これはバレー部やバスケ部から引く手数多だろう。

でも緑間君の左手には、包帯みたいな白いものが巻いてあった。

怪我をしているのか……いや、緑間君ならラッキーアイテムという可能性もある。

もう私の中では緑間君=ラッキーアイテムという公式が出来上がっていた。


まだ学校始まって初日だと言うのに、緑間君の事は忘れられない。

インパクトが強すぎて、卒業してからでも忘れられなさそうだ。




「…………」


どうしようか。これは、話し掛ける、べきか。

あの一連の騒動の中で、おはよう、の一言も言っていなかった。

少し怖いけど、朝のこともあるし、初対面ではない。

会話のとっかかりくらいはどうにかなるだろう。

これからよろしく過ごすクラスメイトだし、仲良くなれる…といいな。

頭の良さそうな顔を作ってみて、緑間君に近づいていった。




「み、緑間君」

「…………?」



振り返った緑間君の眼鏡が、電気に反射した。

そういえば、消しゴムの時はどうして眼鏡を掛けていたのだろうか。

あれだけ視力が悪いのに…電柱とポストと人間がごっちゃになる程。





「えっと……」

「誰なのだよ」

「え?」



誰なのだよ。

緑間君の目は、ちゃんと私を見ている。

ということは、本当に私を覚えていないのか。……そ、そっか。

私、だけか。



…………恥ずかしい

緑間君の人生の中で、あんなことは記憶に残す価値すら無かったのか

私だけグルグルと考えていて、馬鹿みたい…いや、馬鹿だった。



沸騰したように頬が熱くなる。





「ごごごごめんなさい!ま、また明日ねっ!!」


「ああ……また明日なのだ」



よ、と続く前に走り出す。

緑間君を追い抜いて、下駄箱まで急いだ。冷たい濡れたローファーを瞬時に履き、恥ずかしさに任せて駆け出す。


頬だけでなく体も熱くなってきた。
走っているせいか羞恥のせいかも分からなくなりながら、家に走る。







傘を学校に忘れていたことに気付いたのは明日の朝になってからだった。


嵐など嘘のような雨上がりの空の下を、爆走していく。











(嵐のあとの)

(晴天まで)


(きっと、あと少し)
 

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