心空もよう

□うんめい(緑間真太郎)
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担任の話が始まった。



ポケットに入れた消しゴムを、何気なく机の上に出す。

乾いたら赤色に戻るかと思ったがそう上手くいかず、弾力を無くし黒っぽくなったそれを指で転がした。



おは朝の占いでは二位。
中々好調な結果だが、ここで油断してはいけない。


万事を尽くして天命を待つ。


おは朝のラッキーアイテムで、常に運気を最高の状態にすることこそ、人事を尽くしていると言える。

最善を尽くした後は、運命に任せれば良い。


しかし今回は、思わぬ手助けが入った。


入学式の悪天候のせいで飛ばされた消しゴムだったが、通りすがりの女子に助けられた……

いや断言はできない。

女子である、はずだ。

水滴のせいで視界が塞がれる眼鏡を外していたから、全くと言っていいほどその姿は見えなかった。


それに激しい雨音がノイズのようになり、声すらよく聞き取れなかったのだから、印象が希薄でも仕方ない。

声の高い男子である可能性もある。


……どっちにしろ、もっとまともに感謝すれば良かった



あの豪雨と暴風の中、膝をアスファルトについてまでこの消しゴムを取ってくれた。

加えて、消しゴムを回収するのに夢中になり飛ばされていた傘まで走って返してくれたのだ。

見えなくても、お人好しなその雰囲気は伝わってきて、記憶に刻まれている。



普通は見て見ぬふりをするだろう。

それか傘は返しても、消しゴムを取ろうとはしない。




自然と口の端が、持ち上がっていた。

名前くらいは聞いておけば良かったかもしれない。

貰ったラッキーカラーが入ったテントウムシのヘアピンも、ポケットに入っている。


これからヘアピンがラッキーアイテムになっても対応できそうだ。

思えばしてもらった事ばかりで、悪いような気もする。



どうやら近所にはいるらしいので、もし偶然出会うことがあったら、その時にまた改めて礼をするか。





……そんな奇跡、そうそう無いとは思うがな。




「ではこれからよろしく。また明日な!」



担任の話は終わり、人が教室から雪崩れて出た。

ざわめく学校から帰るために、鞄を持ち教室から去る。

部活の申し込みは明日からなので、もうすることがなかった。





「み、緑間君」




突然後ろから名前を呼ばれ、驚いて振り返った。

登校初日に自分の名前を知っている女子を見る。




帝光中学校出身……なのか?

しかし同じクラスになった事はないのか、見覚えがない。

明らかにこの女子は自分の事を知っているふうだが、覚えが無いとどう反応していいか分からなかった。




でもこの声は、どこかで聞いたことあるような気がする。

……もう少しで分かりそう、だった



これは直接聞いた方が早いな。



「誰なのだよ」



率直な質問だった。

しかし目の前の女子の頬が急激に赤くなる。

よく見てみると、その前髪は若干湿っているように感じた。

雨に打たれて、風邪を引いたのかもしれない。




「ごごごごめんなさい!まっ、また明日ねっ!!」


「ああ。また明日なのだ」



そんな観察をしていると、風のように走り出してしまった。

わりと速く、風圧で少し髪が浮く。

言い切らないままに去っていった女子の名前も分からず、釈然としないまま歩き出した。


まあ、恐らく同じクラスなのだろう。

自己紹介で名前を知り、去り際に挨拶を交わした…大方それが真相だ。




何かを言いかけていたような気もしたが、気のせいだ。

そう結論付けて玄関に出て、空を見上げる。

嵐は終わっていた。






「…………晴れたか」



天気予報とは当てにならない。
一日中大荒れと予報されていた天気は晴れていき、雲間から光が差す。

その雲も、澄んだ青空に変わろうとしていた。


太陽が不意に雲から現れ、眩しくて目を細める。








テントウムシは、漢字で書くと『天道虫』だったな。

太陽に通じる虫という意味が込められていた気がする、




つい、ヘアピンについたテントウムシを思い出してしまった。

赤く丸いそれは、確かに太陽に見えなくもない。










………これから晴れる度に、彼女の事を思い出しそうだ












(彼のポケットの中に)

(小さな小さな)

(真っ赤な太陽)

(晴れる空に君を思い返す)

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