心空もよう

□ぶかつどう
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何部に入るか決めていなかった…

学校の掲示板に所狭しと貼られている部活のチ ラシを見つけて、しばし足を止めた。

カラフルな色や可愛いイラストが乗っているチ ラシもあれば、白黒でシンプルに書かれたチラ シもある。

秀徳高校は私立なだけあって、どこも熱心な活 動であることは伝わってきた。

迷うなぁ…… 中学校の時は両親の仕事が忙しい時期で、部活 には入っていなかった。

このままだと一度も部活を体験することなく卒 業してしまいそうだ。

何か……でも、体力的には運動部はきついかな 。きっと中学校からやっている人の持ち上がり だろうし、ど素人が入部しても迷惑をかける。

あ、園芸部とか天体観測部なんかはいいかもし れない。

「こころちゃんおはようー」

「!あ、もよちゃんっ。おはようー」

廊下で立ち止まって考えを膨らませていると、 昨日仲良くなったもよちゃんに声をか けられた。

初日に約束した通り、今日はお弁当を一緒に食 べる。

ニコニコと笑っているもよちゃんは、 笑顔のまま教室に向かった。

新しい教室に入って、すぐさまギクリとする。

まだ朝のホームルームも始まっていないのに、 緊張感が一気に襲ってきた。

いる。

結構朝も早いのに、席に座って本を読んでいた 。

身長が高いことに加えて背筋も真っ直ぐ伸びて いるので、やけに大きく見える。

緑間君の視線は本から離れず、ドアを開けた音 にも目もくれなかった。

すごい集中している。

挨拶すら躊躇われた。窓から差す朝日に照らさ れたその姿は何か神々しい。

「緑間君見てるの?」

「…………え」

緑間君から充分距離を取った時、唐突にヒソヒ ソと耳打ちされた。

時間も経ち生徒も教室に入ってきて、ざわめい てきた。これくらいの話し声は聞こえないはず 。

もよちゃんは何か決定的な勘違いをし ているのか、恋バナでもするようなテンション でこっちを見ていた。

「ち、違う違う!」

「私帝光中学校なんだけど、緑間君は有名だっ たからねー。試合しているところはかっこいい し、やっぱり人気あるのかな……普段はちょい 、その、面白い人だけど…」

あ、やっぱり、変な人なんだ。

共通認識が存在したことに安堵した。

「良かったら緑間君の中学校時代、話そうか? 」

確実に勘違いを働かせた彼女の笑みに一歩引い たけれど、緑間君の中学の頃は興味があった。

いや、気になっているというのはあくまで人と してであって、恋愛方面には間違ってもいかな いわけで。

「じゃあねー、まず、キセキの世代って知って る?」

「……ごめん、無知で」

「あ、ううん!バスケ部じゃなかったら知らな いのも当然だよ!」

いきなり出てきた知らない単語に戸惑うと、もよちゃんは手を振った。

キセキの世代の説明を挟んでくれたので、バス ケ部どころかどの部活にも所属していなかった 私にも、その正体が分かった。

全中三連覇を成し遂げた怪物。 帝光中学校バスケ部のレギュラー五人。

三連覇がどれだけ凄いかいまいちピンとこなく て目をしばたかせると、もよちゃんは 力説するように拳を握った。

「もう反則なんじゃないってくらいに強いわけ よその五人は!トリプルスコアで勝つのは当た り前だし、とにかく相手チームの熱意が絶望に 冷めていくくらい!ほんと、よく集まっちゃっ たと思うよキセキ的にっ」

「と、とりぷ……?もしかしてもよち ゃんって」

「帝光中学校女子バスケ部、だよ」

演説のように熱く語ってたもよちゃん は、ふぅと息をついて拳を下ろした。

半分浮かせていた腰も椅子に落ち着けさせて、 息継ぎをしている。

……『バスケの一位は、ないわなー』

誰かが中学校の時、そう漏らしていた気がする 。

今ならその意味が分かった。

やる前から決まった試合だと、彼は諦めていた のだ。だから悔しそうでもないし、それどころ か達観したような目をしていた。

絶対に一位の取れない中総体。

想像すると、それは残酷なように思えた。 まあ帰宅部の私の想像力なんて、たかが知れて る。こんなちんけな想像を遥かに超えるくらい 、全国のバスケ部の痛みは深いのだろう。

「でもそれと緑間君になんの関係があるの?」

「緑間君はそのキセキの世代だから」

「……………」

「いやいや、本当だって!何でそんな薄ら笑い 浮かべて首をふってんのっ。信じてないでしょ っ」

いやーバスケ部か。 彼のイメージとら程遠かった。現実味が沸かな い。

冗談でも聞いたような顔をしていると、もよちゃんはムキになって携帯で画像を探し始 めた。

その真面目な顔に、まさか本当に事実なのかと いう驚きがジワジワ広がっていく。

だって、緑間君ですよ?

囲碁部とか数学部とか、インテリ系の部活のイ メージしかない。バスケ部だなんて、運動部の 花形とも言える部活だ。

……身長は高いけど…

「ほらっ。これはキセキの世代がスポーツ誌に 乗った画像。緑間君は…これか」

クルリと携帯を裏返して机に置いたもよちゃんは、嘘をついているように思えない。

画面を覗き込むと、そこには少しだけ若いよう に見える緑間君がいた。

「!」

ユニフォームを着ている彼の指から、ボールが 放たれる瞬間の写真だった。

練習なのか試合なのか分からないけど、全身が 汗に濡れている。体育館の照明に、散った汗が 輝いていた。

真摯な目は、今も変わっていない。

綺麗だ、なぁ。

写真写りとか加工具合とか、そんなものではな く、緑間君が綺麗だった。

精密な彫刻のような筋肉だ。美術品になれそう だと、思ってしまった。

「………この頃はまだ、キセキの世代といって も普通の中学生だったんだけどね。圧倒的に相 手を負かして、勝つことしか興味がないみたい なチームになったのは…もう少し後かな」

「何か…あったの?」

「……変わっていった、って感じかな。まあ強 豪校の定めなのかもしれないけど」

もよちゃんは切なそうな目をして、緑 間君に視線を移した。

本を黙々と読んでいる緑間君の後ろ姿からは、 この雑誌のような輝きは感じられない。

それは、私が彼のことを知らないだけ。

………かも、しれない

「でもキセキの世代はそれぞれバラバラの高校 に入ったから、高校ではそんなこと起きないけ ど。高総体でキセキ同士が戦う楽しみも増えた し、ね」

気を取り直すように微笑まれて、緑間君から目 を逸らした。

緑間君はバスケ部に入るのだろうか。

秀徳高校のバスケ部がどれ程強いか知らないけ ど、キセキの世代とやらが入部したなら、ほぼ 無敵になりそうだ。

「世の中凄い人がいるんだねー」

「まあ一種の天才だね。あ、先生来たっ。また ね!」

携帯を戻して、もよちゃんは自分の席 に戻っていく。朝のホームルームが始まり、緑 間君は本を閉じた。

この席からは緑間君がよく見えてしまい、つい その動きを観察してしまう。

………――――気にはなっているけれど

……仲良くはなれなさそうだ

こんなに凄い人、私のような平凡な人間と関わ れるわけがない。

入学式の朝の一連の出来事が夢のようだった。

会話して、目を見て、濡れて、飛んで。

奇跡の時間だったのかな。

「あ!」

「わ」

隣の席で短い叫び声と物音がしたので、つい声 を出してしまった。

右を見てみると、隣の席にいる男子が机の中を 見て目を瞬かせている所だった。

緑間君を眺めていたら授業も終わっていて、1 時限目が始まろうとしている。

今の声で目が覚めた……現国の教科書を机から 出す。真新しいページをパラリと捲って、中を 見た。

こう、新しい教科書に最初のページ跡を付ける のは楽しいよね。インクの匂いとか、汚れのな い色とか。

ぐっと力を入れて表紙を開いた見開きを手で押 そうとすると、トントンと肩を叩かれた。

驚いて手元がずれ、表紙に斜めの折り目がつく 。

し、失敗したぁぁー!

綴じ目ギリギリに折り目をつけたかったのに、 驚きに手を滑らせたばっかりに…

「ごめん、ちょっといっかな?」

「…………うん。いいよ」

全然良くは無かったけれど、笑顔で頷いた。 引き攣ってはいてけれど、ちゃんと笑えていた だろうか。

めちゃくちゃ軽いフットワークで声を掛けてき たのは、隣の席の男子…高尾君だった。

猫のような目が困ったようにこちらを見ている 。

「いやー教科書忘れちゃってさ。先生の最初の 説明だけで授業終わんなかったら見せてくんね ?俺のこっち隣の奴休んでてさー」

詰まること無くペラペラ話す高尾君は、手を合 わせて頭を下げた。

高尾君の隣の席は確かに空だった。わぁ。

「いいよー」

「サンキュ!」

ニカッと笑って歯を見せた高尾君のコミュニケ ーション能力の高さに感心してしまった。女子 に教科書を借りるその勇気。拍手を送りたくな ってしまう。

高尾君はバスケ部似合いそうだな。見た目だけ なら、緑間君より。

「ところでさ、ちょい聞きたいことあるんだけ ど」

「……?」

「緑間のこと見てるけど、どしたの?」

心臓が止まるかと思った。

卒業さえせず進級すらできず、この席で死に絶 えて学校の怪談になるとこだった。

そんな死に方、未練残り過ぎて辛い。

「み、てな、いよ」

動揺がそのまま声に出て、ひっくり返った。片 言になりすっとぼけるが、高尾君は確信がある のかその話題を続ける。

「てか自己紹介の時にさ、緑間も空 さんも制服濡れてたじゃん?それに帰りに何か 話してたっぽいし…知り合い?」

やだこの人怖い。 殆ど乾いていた制服に対する観察眼、帰り際ま で見ているその好奇心、そして本人に聞いてく る軽さ。

この軽さは実は化けの皮であり、その下にはも っと別のものがいる。

能ある鷹は爪を隠す、か。

下手に誤魔化しても見抜かれそうで、簡潔に内 容をまとめた。

「朝偶然会って、偶然濡れて、偶然帰りに見か けてさよならを言って、偶然視界の先に緑間君 がいた」

「ははっ、それはすごいミラクルだったんじゃ ね?」

「そうそう。だから元からの知り合いとかでは なくて、クラスメイトになるまで知らなかった し…」

「へー?あいつ、結構な有名人なのに?」

やはりキセキの世代は、一般常識に近いらしい 。意外という顔をされてしまい、居心地が悪く なった。

いくら緑間君が凄い人と聞いても、私にはしっ くりこないんだから仕方ない。

変な人。そして、それ以外にあまり知らないの だから。

キセキの世代と知って、とても凄い人なんだと 分かった。益々近寄り難くなった。

……ただ、それだけ

まるでそれがいけない事のような空気になって きたので、高尾君から視線を外す。

「バスケ部に入んのかねー彼。……はぁぁ」

あからさまに溜息を隣で吐かれると、気になっ てしまう。

おずおずと高尾君をもう一度視界に入れて、口 を開いた。

「嫌…だったりするんだ?高尾君はすぐ仲良く なれるイメージだから、意外だな」

高尾君はふっと、その両眼に陰りを見せた。

もしかしたら、と勝手に想像してしまう。

高尾君も秀徳高校バスケ部に入部するつもりな んだろう。そうじゃないなら、緑間君の部活先 なんてどうでもいいに違いない。

そして…高尾君も、キセキの世代に敗れた人の 一人なのかもしれない。

もしそうだとしたら、同じチームでこれからや っていくなんて苦々しいだけだ。

……緑間君の事、気に食わないんだろうなぁ

高尾君の表情がそれを物語っていたので、突っ 込んだ話はしない事にした。

万が一当たっていたら地雷を踏み倒す結果にし かならない。

「ま、人によりけりかな!あ、バスケ部はマネ ージャー募集中だから、良かったら練習見に来 てください、ね!」

不穏な風が吹き始める前に、高尾君は風向きを 変えた。

明るい調子で宣伝され、つられて笑顔で頷く。 笑わないと、悲しい顔になってしまいそうで。

「うん。行けたら見に行こうかな」

まだ部活も決めてないし、ちょこっと見学して みたい気もする。

高尾君のような軽さで、サラリと見ていこうか な。お昼休みのお弁当の時、もよちゃ んを誘ってみよう。

「じゃあ現国の授業を始めますー」

扉を開けて入ってきた先生に、顔を前に戻した 。

緑間君いたら、どうしようかな、とか、とりと めのないことを考えながら。

(彼の事が気になって)

(彼の事を目で追って)

(それはまるで)

(恋の始まりに、似ていた)

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