心空もよう
□けんがく
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『私、バスケ部のマネージャー希望なんだー。一緒に行かない?』
バスケ部に行こうか行かないか迷っていたけど、そのお誘いに行くことが決まった。
お昼休みに一緒にお弁当を食べていたもよちゃんは、楽しみという顔が全面に出ていた気がする。
秀徳高校バスケ部は強豪校らしいという情報しかもよちゃんから聞かなかったから、私は楽しいよりも緊張が上回っていた。
放課後になり、部活見学の時間はあっという間に来てしまう。
一週間も見学期間はあるので、本命の部活を決めるのもゆっくりでいいか。という余裕から、バスケ部に行くこと自体は問題ではない。
………緑間君がいたらどうしよう
という一点だけが、私の不安材料だった。
「体育館はー……どっちかな?」
「こころちゃん、そっちは逆方向のんじゃない?」
「そ、そうだね。まだ校舎覚えてなくて……」
曲がり角で踏み出しかけた足を戻した。
秀徳は無駄に校舎が広い。私立だからということもあり、東京都の土地を広々と使っている。都会に似合わないグラウンドの広さに驚いて、入学式の時体育館の設備に驚いて、庶民には目移りする程驚かされた。
帝光中学校も大きい学校だった気がする。
第一、話によると帝光バスケ部の部員は百人近く。私の中学校の吹奏楽部の倍はいる。そんな人数が収まるなら、体育館もさぞかし大きかったのだろう。
………お金持ちって、いるんだなぁ…
私立の秀徳高校に通えるのだから私の家も貧しくは無いけれど、だからといって豪邸に住む高給取りではない。
ここに来てから、何人かお嬢様的な立場にいる人に会った。それにさりげなくブランドの財布を持っていたり、ブランドのアクセサリーをつけていたり、お金持ちの雰囲気を醸し出している人もいる。
あ、緑間君もお金持ちかもしれない。
育ちの良さそうな空気がしていた。それに帝光中学から秀徳高校へ来る私立コースだし……
……な、何で緑間君が頭の中に滑り込んでくるんだろう
体育館を探すことに集中するために、頭を振って思考を途切れさせた。
あれだけ恥ずかしくて悲しい忘れられ方をされたのに、凝りずに仲良くしたいなんて、思ってしまっているのだろうか?
いやいや、そんなことない。
身の程をわきまえている。
頭が良い育ちも良いスポーツもできる完璧超人と関われるわけが無いのだ。
庶民で、頭に顔にスポーツもそこそこしかできない一般女子なんかには、なおさら。
「あー、あれ、高尾君じゃない?おーい!」
もよちゃんが手をメガホンのように口に当てて呼んだ男子は、目を少し丸くして振り返った。
すぐに笑顔になった高尾君は、エナメルバックを肩に掛け直してこっちに走ってくる。
「よ!どうしたの?」
「体育館までの道案内、よろしく」
「え、てことは来るのっ?やりぃー」
マジシャンのような大きな音で、器用に高尾君の指がパチンと鳴った。
そのまま三人で体育館に向かう流れになり、緑間君がいるかと聞きたかったけど、高尾君のあの苦い顔を思い出し中々言い出せない。
切り出せないままたわいない話をして、体育館に着いてしまった。
「じゃ俺、着替えて来るから!部活見学いってらっしゃい」
更衣室に行こうと手を挙げて背を向けた高尾君は、そのままいなくなってしまった。
呼び止める勇気も無く、溜息をつく。
「体育館でやってるはずだけど…なんか、静かだね?」
もよちゃんはさっさと体育館の扉を開いて、中を覗いた。
部活見学なのだからもっと話し声が聞こえるかと思ったけど、言われてみれば確かに静かだ。バスケットボールが弾む音が、よく聞こえてくる。
緊張しながら中に入り、コートを見た。
「………っ」
目の前に、いた。
危うくぶつかりそうになり、間一髪で踏み止まる。
「…………」
見上げると、緑間君と目が合った。
しかし彼は無表情のまま、目をそらす。まるで私は見えていないような、そんな反応だった。
まあ、ショックというか衝撃だ。
あの雨の中の一切を忘れ、おまけに昨日の帰りの会話も忘れているのか。
無視…しているのではない。それは伝わってきた。悪気なんて、彼には無いのだろう。
ただ純粋に『忘れた』のだ。
それは無視よりも、心に来る物があった。心臓に何かが刺さり、抜けない。
…………期待した私が、いけないのだ
緑間君が私を覚えているなんて、そんなご都合主義の展開は待っていない。自惚れていた。
部員がいないなら、両手両膝を床について落ち込むところだ。しかし部員の目もあり、胸に手を押さえて足に力を入れる。
よし、切り替えよう。
私も緑間君なんて人は知らない。そうそう、そう考えれば幾分楽になる。おあいこなら傷付かない。
「邪魔なのだよ」
続けざまに槍で心臓ぶち抜かれた。
吐血しそうな勢いでよろめき、緑間君の前からズレる。もう私、軽く負傷した戦士だ。紛争に巻き込まれましたか?と聞かれそうな顔をしているに違いない。
私を押し退けるようにして体育館を出た緑間君は、顔色一つ変えずに眼鏡を指で押し上げ、歩いていく。
黒のTシャツとジャージ姿の緑間君は、私にとって変な人から兵器に格上げされた。
近付いただけでこの大惨事。生物兵器とは彼のことではないか。主にメンタルの。
死んじゃうって。
あの鋭い目は獣のそれだった。しかも何人か食い殺してるんじゃないですかという程の迫力を宿している。
あれ、あんな人だっけ?近寄ると死に至る系男子だっけ?
嵐の中消しゴムの為にずぶ濡れになって、ポストに話しかけて、おまけにラッキーアイテムを信じている緑間君はどこ?
「ったく、やってらんねーよ!」
呆然と立ち尽くして緑間君の背中を見送っていると、体育館に荒っぽい声が響いた。
その声の反響が終わる前に、バスケットボールが強く床に叩きつけられ、大きくバウンドする。
声の主は、ゼッケンをつけていた男子だった。雑にゼッケンを脱ぎ捨て、体育館を出ていく。こっちの入口から出ていかなくてほっとした。
秀徳高校バスケ部って、怖くない?
強豪校はやっぱり、ひと味もふた味も違うのか。それともバスケ部はこんな感じで、帰宅部の私がその世界を知らなかったのか。