心空もよう

□ぱす
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「ね、ね、空さん部活決まった?」

「高尾君………。前回犠牲にした恨みは忘れてないからねっ。マネージャーなんてできないよっ。私は今日園芸部の見学に行くんだからっ!」

「園芸部は水曜日お休みだぜ?」

「……て、天体観測部に」

「あー、あれ普段は天体の勉強ばっかだぜ?発表したり、議論したり、実際に観測するのは少しだけだし…」

「…………高尾君が虐める…」

「そんな貴方に朗報でーす!なんとバスケ部のマネージャー枠はまだ空いてまっす!」


ウインクつきで言ってくる高尾君に、苦笑いを返す。

この前のバスケ部の見学のせいで、男子バスケ部員には『女子マネージャーゲット!』みたいな目でガン見されて居づらかったのだ。

はっきり断ることも出来なかったので、また見学に行くと今度こそ入部してしまいそうになる。


せめてもよちゃんがマネージャーになってくれるなら解決したのに、この前の一件で完全に怯えてしまった。

しかもそのまま女子バスケ部に入ってしまったので、もう引き戻せない。


『秀徳高校でバスケ部についていけるか不安でマネージャー志望したけど、緑間君と一緒に部活やるのに比べたら全然平気だなって思い直したの!』


輝く笑顔でそう言い切ったもよちゃんは、今日も今日とて女子バスケ部として活動中だ。

一方私は放課後に行くところも無くし、鞄を持ったままたたらを踏む。


仮入部期間は長いとは思っていても、一週間なんてすぐだった。

どこに入るかも決めていないのは、私だけのようだ。お弁当を一緒に食べる友達も皆、それぞれ部活に入り始めた。

帰宅部再来の危機だ。


こうなれば片っ端から見学して、興味がある部活を探すしかない。

それなら今からダッシュで回らないと…!



「高尾君、私忙しいから行くねっ!」

「ええ!?バスケ部に来ればいいじゃーん!もう決めちゃった方が楽だぜ?それに男子バスケ部も安泰!ほらこれ仮入部の紙っ」

「ぎゃー!私の名前以外全ての欄が埋まってるー!何してくれてるの高尾君!」

「いやー用意がいいな俺って!」

「マネージャー体験したけど、わりと専門知識必要だったし、緑間君は怖いし、私には向いていないよっ」


高尾君がヒラヒラさせている紙を奪おうとすると、流石バスケ部といった身のこなしで避けられた。

放課後の教室には人もいないので、助けも来ない。


「その偽装仮入部届け返してー!」

「じゃあ俺を捕まえてみなーっ」


ひらりと身を翻し、高尾君が走る。
まさかこのままあの仮入部届けを持ってバスケ部にダンクシュート決める気じゃないか。

それは非常に、困る!

どうして普通に部活をエンジョイしたいだけのただの女子高生が、こんな酷い目に逢わないといけないのだ。

優しいと思っていた高尾君の容赦ない嫌がらせに、泣き出しそうになる。


「たっ、高尾君っ…!ま、はあっ、待って……!」

「よし着いた!すみませんー!空さん連れて来ましたよー!」

「でかした高尾!」


何してくれてんですか高尾君。

息切れしながら膝に手をついてぐったりすると、高尾君はにこやかに仮入部届けをくれた。

今返ってきても、遅い。

笑顔で迎えてくれたバスケ部員の人に確保され、ズルズルと体育館に引き摺られる。

高尾君は手を振って更衣室に消えた。あの人のドリンクにタバスコ入れてやろうか。


「いやー来てくれて嬉しいな!今日もマネージャーの仕事体験していく?」

「あ、あのっ……」

「あ、でもちょっとバスケを体験するのもいいかな?そしたら……」


更に言い出せなくなる流れに口篭ると、バスケ部員の人は斜め上の方向に気を回してくれた。

私としては、この複雑な感情を読み取って欲しいのだけれど。


「おーい緑間!ちょっと来い!」


最悪だー!!

この人感情読めないどころじゃなく、むしろ踏みにじってきた!

逃げるなら今か。今なのか。
バスケ部員の数多の視線を全て掻い潜って、帰宅路に急ぐなら今しかない。


「………何ですか」


来ちゃった。

考えている間に来てしまった。諸悪の根源とも言うべき、緑間君が。

前よりは怖くなくなったと感じるのは、私が耐性をつけたからだろう。

そして前回より、鋭さは無くなっていた。

……やっぱりこの前の見学の時はタイミングを間違えたらしい


「今レギュラーが試合してるし、スペースもそんなにないから…この子とちょっとバスケしてくんね?」

「は?」


一言そう言って、眉をしかめられた。
怪訝そうな緑間君に、じっと見られる。まず私が誰か分かっていないのだろう。


「んじゃ俺は、練習行くからさっ」


そそくさとその場を離れた部員さんの顔は、気まずさが全面に出ていた。

緑間君を避けるようにして、練習の中に入っていく。

さぁ、第一回緑間君と気まずい時間を乗り越える大会が開催さてしまいました。


参加者は私、ただ一名。


「わ、私の事は気にしないで、練習に戻ってください。帰りますから」

「見学に来たんだろう?何故帰るのだよ」


貴方がいたからなのだよ。
そして無駄に敬語になってしまった。


容赦ない詰問に返答できずに黙ると、緑間君は足元にあったボールを拾った。

ふと、その左手に巻かれていた白いものを見つける。そういえば、怪我をしているのではないのか。試合では綺麗にスリーポイントを決めていたから、指を負傷したようには見えなかったけど…


「緑間君、無理しないで……」

「?何を言っているのだよ」

「指を怪我してるなら、安静にしないと…」

「このテーピングの事なら心配ない。ただ爪を保護しているのだよ」


それ以上の説明はされなかった。

更に謎が深まっただけだったけど、とりあえず怪我はしていないようで安心した。包帯ではなくテーピングというらしく、練習している人も、膝や肘にそれらをしているのが見えた。

やっぱり私は、バスケの事に関してまるで無知だ。

マネージャーの事は丁重にお断りしないといけない。やっても迷惑をかけるだけだし、高尾君の妨害に負けないよう気合を入れた。


「そっか。それなら、よかったけど…。包帯だと勘違いしちゃった」

「マネージャー志望のくせにテーピングも知らないのか」


言葉がこんなに刺さるのは、明らかに呆れている彼の顔のせいだ。

緑間君はオブラートに縁がない人種なのだろう。遠回しとか、優しくとか、そういう単語にも縁遠いに違いない。

良くも悪くも……比率的に悪い方に傾いているけど、緑間君は素直だった。


「私実は、マネージャー志望でも何でもなくて…部活経験も無いんだ」

「あの男が、お前はマネージャーになると吹聴して回っていたぞ」


高尾君一回転んで頭打って性格改善しないかな。

そんな事言うから!益々マネージャー志望じゃないことを言い出せなくなるなるんでしょうが!


「嘘だから、気にしないで。私が入部しても迷惑かかるし、そんなこと絶対しないから……」

「……しかし女子マネージャーがいないなら、勧誘されるのは仕方ないのだよ。ないよりはまし、ということだ」


緑間君の言葉は正論で、苦笑するしかない。

ないよりは、まし。
確かに私の存在価値は、そんなのだ。

少なくともこのバスケ部の中では、その評価が正しい。


「あはは……。他の人探したらいいのにね」

「俺がいるからだろう」



あ、自覚はあったのか。

緑間君は悪びれる様子もなく、増してや傷付く様子もなく、ボールを投げてくる。

慌ててそれを受け取り、手の中で回したりしてみた。


「……俺が練習に参加すると他の一年男子が怯えるから、ここに退けられたしな」

「そ、そんな……」

「元からの部員も、俺がいるとぎくしゃくとする部分がある。適当に練習から外す理由が出来て、安心しているんじゃないか」


よくそんな事、顔色を変えずに言える。

思わずボールを落としてしまった。
てんてんとバウンドするボールを、拾い上げる。



「み、緑間君はその……皆に驚かれているんだよ。バスケ上手いし」

「別に慰められる覚えはないのだよ。バスケのチームメイトの感情など、俺にとってはどうでもいい」

「でもバスケって、五人でやるのに?」


なけなしの知識から口にしてしまった疑問と共に、ボールを投げ返す。

結構強くパスしたのに、緑間君は片手であっさり受け取った。大きい手にボールが収まってしまう。


初めて緑間君の目が、伏せられた。



「………そうだな。五人でやる…それがバスケだったな…」

「……でもこれからきっと楽しくなるよ。秀徳バスケ部で…これから」

「楽しく?……バスケにそんなものは、必要ないのだよ。人事を尽くした実力、個人能力、それだけが求められている」



真っ直ぐ過ぎるその目は、本気でそう思っているようだった。

キセキの世代は、聞いた話が本当なら、圧倒的個人プレーで試合に勝っていたらしい。

緑間君も、大切なのは個人の実力と思っている。



「……実際にそれで勝ってたから、それを否定はできないけど……」


投げられたボールを、胸の前で受け止める。




大坪さんの優しい顔が、浮かんだ。
それからお調子者の、高尾君も。



「私は、緑間君がこのバスケ部で変わる気がするよ」



そしてボールを投げ返した。


不確かな、でも不思議と根拠のある、予感と一緒に。



「変わる?有り得ないな。変わる意味が分からないのだよ」


眉を上げながら反論する緑間君は、それでもボールを受け取った。

ちゃんと会話が続いているなと、今更ながら驚く。

緑間君は話してみても変な人で、おまけに性格は厳しかった。頑固で、自信家な面もたくさん感じた。



…………でも、やっぱり悪い人じゃない


それだけは確信が持てるから、こうして会話もできる。




何かもう……遠慮なんて、いらないかな。

遠慮のない緑間君に、吹っ切れたような気がした。

怖がる必要は無いのかもしれない。
緑間君は変な人で、少し失礼なだけで。




「緑間君…かなり今更なんだけどさ、自己紹介してなかったなって」

「………そうだな」

「空こころです」

「……緑間真太郎なのだよ。同じクラスなのだから、別に自己紹介はいらないと思うが」



その言葉に驚いて、緑間君のパスがお腹にダイレクトシュートを決めた。

げふっと呻いて、体を前に折る。


「おい。ボールは手で受けるものなのだよ 」

「……緑間君、私の事、覚えてたの?」

「挨拶までしといてその言い草はなんなのだよ。それにあの騒がしい男がお前にやたら絡んでいるから、目に入るのだよ」



あ、あの朝の事は忘れたままか。

……でも、帰りに『さよなら』と言ったことは、覚えていたのか

邪魔だとか言われたし視界に入っていなかったから、てっきり緑間君は私のこと忘れていたとばっかり……




ちょっと嬉しい。

マイナスからゼロになったくらいの、そんな変化だけど。



「緑間君って案外いい人なのかもしれないね」

「………お前は意味が分からないのだよ。おかしな奴だ」

「あはは。そうかな」



笑ってしまった。
緑間君は変な人だけど、それでも。



――――……パスは、続いた












(おい高尾。あの緑間と談笑している強者がいるんだけど……)

(ああ、マネージャーに引っ張り込む予定っすよ!緑間と普通に会話してるなら、これ程打って付けな人選ないっしょ!)

(あ、緑間のパスがあの子の頭に……)

(あーあ……)

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