心空もよう

□にゅうぶ
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嘘でしょう。

いやいや、そんなわけないって。




「……決まってないの?部活」

「そうなんだけどね……いやー早かったね。一週間なんて、すぐだよ。一ヶ月は欲しいところなのに」

「こころちゃん……今日決めないと、もう後がないよ?」



最終日の放課後に、もよちゃんは困ったように首を傾げた。

もうこんなギリギリで焦っているのは、私だけだ。


「もうさ、女子マネージャーでいいんじゃないかな?まだ集まってないし、高尾君は諦めないしさー」

「だ、駄目だよ!マネージャーやってみたけど、経験値が無いと無理だし、手際凄い悪かったんだよ!?……今からまだ間に合うなら、他の部活行って……」

「あー!こんな所にいたの空ちゃん!探したしっ!」

「ぎゃー!いやー!何ちょっと親しげになってるの!私は入部しないからっ」


教室に飛び込んできた高尾君に悲鳴を上げて、窓際に逃げる。

もよちゃんは全く助ける素振りを見せずに鞄を持ち、「ばいばーい」と去っていった。友情とは儚い。


「大丈夫大丈夫!仕事なら張り切って教えるし、未経験者大歓迎!」

「そう謳ってる所は大抵心の中では経験者を求めてるのっ。……あ、そうだ緑間君!緑間君いるよねっ」


廊下に飛び出て、部活に行こうとしていた緑間君を呼び止める。

振り返った緑間君は、怪訝そうな顔をして眼鏡を直した。


「何なのだよ。騒がしい」

「緑間君。やっぱり…マネージャーがど素人なんて迷惑だよね?」

「話が見えないのだよ。お前がマネージャーを嫌がっているのを、あいつが無理に入部させようとしている、というところか」

「見えてる。その通り」


何も緑間君に庇ってもらう気はない。

ただ唯一バスケ部で私のマネージャー就任に反対してくれるのは、彼だ。バスケに真剣な緑間君は、こんないい加減な決定に意義を申し立てるに違いない。


「……緑間…」

「………高尾、と言ったな。嫌がっているのだから、無理に入部させる必要はないのだよ。それに、こんな手段でやらせても、マネージャーの仕事をこなせるとは思えない。こいつは、バスケのルールも知らないのだよ 」

「そう。緑間君の言う通り…」

「ただマネージャーがいないと、俺達の仕事が増える。バスケが出来ないのは面倒なのだよ」

「え?ちょ……」

「だからお前は文句を言わずにとっとと入部すれば良いのだよ。あとルールくらい覚えろ。仕事が出来ないなら叱責されるまでだ」


叱責される事が分かり切っていて入部するなんて馬鹿が何処にいるのか。

緑間君が反対しないのは、かなり意外だった。そして一気に情勢が不利になる。

緑間君の登場に微妙な顔をしていた高尾君だけれど、その言葉に俄然勢い付いた。


「よっしゃあ!これでバスケ部全員分の賛成はもらったぜ?」


数の暴力!

得意気に笑う高尾君は、私の鞄をガッシリと掴んだ。バスケ部の握力は流石だ。全く振り切れない。


「俺は先に行くのだよ」

「み、緑間君………」

「せいぜい足手まといにはならないようにするのだよ」


それ、悪役が吐く台詞だよ。
やたら似合っている緑間君は、さっさと部活に行ってしまう。

最低限の会話しかしない彼に、仲良くなる日は来ないだろうなと感じた。

その大きな背中は、遠い。



「……へえー。緑間って君と仲いいんだな」

「どこを切り取ったらそう見えるの。私は緑間君に邪険にされるこそすれ、仲良くはなってないよ」

「いやでも、まともに会話してたし。ふーん…何か、イメージと違ったっつーか。まあ、嫌な奴に変わりないけど」



嫌な奴、か。
確かに同じ部活仲間の高尾君に何も言わないし、一緒に部活に行こうとしないし、偏屈極まりないのは事実だ。


「でも、いい人だと思うよ」

「………はあ!?ま、マジで言ってんのっ?どの部分がっ?」

「その……上手く言えないけど、高尾君もこれから分かってくるんじゃないかな。バスケ部だし」

「……そんなもんなねぇ?」

「そんなもんだよ」


釈然としていない高尾君の隙を付いて逃げようとすると、素早く捕まる。


「ごめんねー。俺さ、視野には結構自信あんだよねー」


語尾に星でも付いているんじゃないかという位の明るさだ。

結局逃げ場を無くして、高尾君に連行された。体育館に入る時かなり怯んだけど、抵抗するだけ無駄だ。


「………あのさ、空ちゃんが思ってるよりバスケって面白いぜ?マネージャーはその試合を特等席で観戦できるってわけだし。そう考えると、悪くないだろ?」

「…………」

「今ならお礼にジュース奢るしさ!まあ今日も体験入部して決めてみてっ」



一瞬だけ心が揺れた。
高尾君が消えてしまって、またバスケ部員の人がマネージャーの仕事をくれる。

まだ正式に入部していないとはいえ、これだけやったら少しは仕事に慣れてきた。

それに、バスケ部の練習を見ているのも楽しくなってきた。今まで仕事に必死になってほとんどまともに練習を見れなかったけど、最近は緑間君や高尾君を見つける余裕も出てきたし。

ルールも頑張ったら、覚えられないわけじゃない。

最難関の緑間君への苦手意識も、薄れてきた。


断る理由が、減ってくる。

困っていいのやら、喜んでいいのやら。


「そう言えばさ、こころちゃん部活決めた?あ、別に急かしてるつもりではないんだけど……」


ドリンクの作り方を教えてくれる先輩マネージャーさんは、慌ててパタパタと手を振った。

全員のドリンクボトルを洗いながら、少し考える。自分の気持ちを、素直に言いたかった。

あれだけ嫌がっていたマネージャー。でも、頑張ればやれる気がしてきた。緑間君の言った通り、失敗すれば怒られる。足も引っ張る。

でも努力すれば、役に立てる。

緑間君は厳しい言い方しかしなかったけど、実際私にはそれが正しく思えた。

彼は私に『向いていない』とも、『やめろ』とも言わなかった。

緑間君になら否定されるかと思っていたのに。それは私にとってとても意外な答えで、少し、強みになる。



まだ冷たい春の水道水の飛沫を受けながら、口を開いた。



「マネージャー、やってみたい、かなって」

「本当!?良かったー!貴女が入ってくれなかったらどうなるかと思ってた!私は四月にマネージャー辞めなくちゃいけないし、後釜捕まらないと皆発狂するし!」

「え!!せ、先輩!?」


予想外の返事に、手元のボトルが滑って落ちた。ステンレスの洗い場にガンっとぶつかったボトルが、水道水の中を転がる。

血の気が引いていくのを感じた。

先輩マネージャーさんを引き留めようとした時には、もう遅かったようで、先輩は体育館の扉を開けていた。



「皆ぁぁー!マネージャー決まったわよー!良かったわね!」



うわぁぁぁー!!

は、話に聞いていないよそんな情報!


「やりぃ!」

「……高尾君!もしかして知ってたのっ?知ってて…黙ってたのっ?」

「だって聞かれなかったしー?」

「は、嵌めたんだね!?」

「これからよろしく、空ちゃん!」


アップしていた高尾君に掴みかかりそうになり、人前を憚り手を止める。

高尾君の策に、まんまと嵌ったのか、私。

後がないと焦る高尾君の事情も飲み込めた。一人しかいないマネージャーがいなくなるなら、急いで新しいマネージャーを入れないといけない。

でも緑間君との衝突で、女子は逃げていく。

だから私に白羽の矢が立った。
緑間君を怖がりはしない、いないよりはましなマネージャー候補。それが私だ。

大坪さんも笑顔でこちらを見ている。まばらに鳴る拍手の中、硬直するしかない。



もう、逃げられ無い。

女子高生に相応しくないけど、腹をくくるしかなかった。



「よ……よろしくお願いします!」





空こころ、本日を持ちまして、バスケ部女子マネージャーになります。













(はじめての部活)

(はじめてのマネージャー)

(はじめての……)

(それはまた、別のお話)

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