心空もよう

□てすと
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「いやー。部活ももう出来なくなるのかー」


「……………あはは」


「えーこころちゃんどしたのその棒読みな笑い声。ここだけツンドラの吹雪吹いてんだけど」


「テスト期間、だなーって……」




溜め息をついながら、モップに顎を乗せた。


練習が終わった体育館には、テスト期間前の最後の自主練をする緑間君のシュートの音、私がモップをかける足音、高尾君が手持ち無沙汰にボールをドリブルする音しか聞こえない。

段々日も長くなってきたとはいえ、体育館の窓から見える空は真っ暗だ。

部活終わりに最初は何人かいた自主練のバスケ部の人も、さすがに帰った。


……緑間君を除いて


四月の入部から、緑間君の自主練は毎日続いた。

誰よりも技術はあるのに、誰よりも練習している。

まあ緑間君の性格改善はあんまり望めなかったのだけど、高尾君にはかなり変化があった




「真ちゃーん!あとどんくらいやってくのーっ?」


「…………あと一時間なのだよ」



明るい声に、緑間君は憮然と答える。

しかしそこに刺はなく、緑間君の性格上の口調なだけで、高尾君もヘラヘラしたまま。

普通の友情が二人の間に築けていて、ずっと同じクラスで見てきた私にとってはもう涙を禁じえない変化だ。

しかし「緑間」から「真ちゃん」への変化には目を見張るモノがある。

緑間君もよく訂正しないな……いや、訂正しても高尾君はしつこく呼び続けるから諦めたのかもしれない。


何がともあれ、チームの雰囲気が丸くなって、マネージャーとしても嬉しい限りだ。


真ちゃん呼びついでに私のことも名前で呼んでくれて、少し戸惑ったけど、チームメイトのような親しみがあって今では名前の方が落ち着く。

マネージャーとしての仕事も、やっと落ち着いて出来るようになってきた。

緑間君から貸してもらった本とメモのおかげ、かな。



……そうして全てが順調に進んだ、筈なのに





「それなのにテスト……はぁ……」


「もしかしてやばい感じ?」


「元々勉強は人よりやってようやく人と同じになれるレベルだから……でも、いい点を取らないと……」


「あれ?こころちゃんって奨学金だっけ?」


「お母さんに怒られる……。私立いったのに部活にかまけて、勉強を疎かにしない。っていうのが約束だったから、三十位以内には入らないと……」


「えーっ!?じゃあ、もし駄目だったらバスケ部辞めんのっ?マジかよ!!」


「酷かったらそうなるよね……だから」


手に持っていた単語カードを高尾君に見せる。

手書きで書かれた英単語を見て、高尾君は何故かお腹を抱えて笑い出した。


ひ、人の苦労をっ……!


「高尾君次の練習のメニュー二倍ね」

「えーっ!だって何か必死さが伝わってきて……」

「三倍」

「ごめんって!もう笑わないから!」


私の本気の目を見てか、高尾君は頬を引きつらせながらブンブンと首を横に振った。

ただでさえ秀徳高校バスケ部の厳しい練習が二倍にされたなら、高尾君でも半死にしてしまうだろう。

それ相応の罰を言ったつもりだけど、高尾君が謝ったから無しにしてあげよう。



「勉強なら、真ちゃんに聞けば?意味不明なくらいに頭いーから!」


「あー……。でも緑間君の時間を使わせるわけにいかないし、出来るだけ自分で頑張ってみるよ……」


「遠慮なんてしなくていーのに!」


「高尾君並に神経太くしていければいいのにね」


「ひっでー!」


「冗談だよ。えーと、貿易は英語で……っと」



オーバーリアクションで顔をしかめる高尾君をほっておいて、モップに手を添える。

床を拭きながら広い体育館フロアを走り、チラリと緑間君を見た。


シュートを打ち続ける彼には、テストだの赤点だのという雑念はない。

余計なものをとっぱらって、テーピングされた指から信じられない程の美しいシュートが放たれる。


突き抜けた信念に、見惚れるのは一回や二回ではなかった。


彼ほど一生懸命なのに、彼ほど努力を当然と思っている人を見たことがない。



………ああ、もう、私は情けないな



そんな頑張っている人の横で、甘ったれた弱音を吐いてしまった。

緑間君は厳しい練習も、自主練に朝練も欠かしていないのに、勉強もしているというのに。



モップをかけて、雑念も一緒に掃いてしまう。


緑間君を見ていると、少し自分が強くなれる気がするから。

前の私だったら絶対に、マネージャーと勉強の両立なんて出来なかった。

というか、端から諦めて、やろうともしなかった。


……となると今こうして私がマネージャーの仕事を続けていられるのも、緑間君のおかげなのか


ふとそんな事を思い、モップ掛けの手を止めて緑間君を見る。

これは、彼の毒舌にも少しは目をつぶらなければならない。



「おいマネージャー。そこにいるとシュートの邪魔なのだよ」


「じゃっ…!緑間君はもっと優しい言い方したほうがいいと思いますー!」


「あははー。こころちゃんも、言うようになったな!」



ズバッと容赦なく手荒い言葉を投げてくる緑間君に半泣きで訴えると、高尾君は何がおかしいのか笑った。

打ち解けたというか、砕けたというか……嬉しいけど、遠慮が無くなってきて容赦もなくなるなら、考えものだ。



「 あ、なーこの後さ、三人でどっか寄り道しねえ?腹減ったー。テスト乗り切ろうって事で!」


思いつきをそのまま言葉にした高尾君は、器用にボールを指先で回して提案してきた。


ちなみに緑間君、無視。

いっそ清々しい程のスルーを見せつけた。




「い、いいねー!コンビニとかどう?」


さすがに私は真似できないので話に乗ると、高尾君は俄然勢い付いて笑顔になった。



「いよっし!当然真ちゃんも行くから決定な!」


「おい待て。何で俺が加算されているのだよっ」


スルーしたにも関わらず無理やり参加決定された緑間君は、シュートをきめてから高尾君にボールを投げ付けた。

そんな文句を軽やかに受け流し、ついでに高尾君は投げられたボールも避ける。



……いつもの流れだ。

高尾君の強引さに引き摺られる緑間君を見ながら、少し笑ってしまう。

普段はあんなに無表情を貫いているのに、高尾君に絡まれると途端に緑間君は様々な顔を見せる。

緑間君の偏屈さと高尾君の明るさは、ひょっとしたらいいコンビなのかもしれない。


バスケ部でも、一年生のダブルエースなんて呼ばれたりして……マネージャーとしても友達としても、鼻が高い。

でも、尊敬してるし仲がいい二人は歓迎するべきなんだけど……ちょっとだけそんな二人にヤキモチを焼くのは、秘密だ。

男友達の中に入れないもどかしさ、なんて知られたら恥ずかしい。



「 じゃあモップもかけ終わったし、高尾君はボール片付けて、緑間君は電気消灯。体育館の鍵を返してコンビニに行きましょう!」


「おっ。マネージャーっぽい!」


「マネージャーだよ!何だと思ってるの高尾君!」


「成長したなぁ……って、さ」


「しみじみ言わないでよ!高尾君何キャラなのその目!」


「痛い痛い!モップの柄は卑怯だって!」



偉そうに頷く高尾君をモップでバシバシ叩きながら追いかけ回すのを、緑間君は呆れたように眺めていた。
 

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