まとめ
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「えーーー!妖精と友達になったのーっ?」
##NAME3##の驚きっぷりに逆に驚いてしまい、椅子から落ちそうになった。
「ちょ、前回あれほど私に声の音量について叱ってきたのに……」
「だって、まさかあんたがそこまで妄想を深化させるなんて……」
「もーまだ疑ってるの?ゆきむら君は本当にいたんだから!シャガって花のことも教えてくれたし、水遣りだって………」
「まじで花の妖精じゃない………?」
「……………でも、まあ、妖精なのかってところは冷静になってみると多々あって。羽がないとか、普通の服を着てるとか」
困惑する##NAME3##の横で、うーんと腕組みしてしまう。
花の妖精ことゆきむら君は、前回あっさり名前を教えてくれた。
そしてすぐに、病院に帰ってしまった。
黄昏の夢かとも思ったが、帰宅した時に服に泥がついていたり、舞った花びらが服についていたりと証拠が見つかったので、たぶんあれは現実だったのだ。
「ゆきむら…………ゆきむら、ねえ」
あの美少年を思い出してドキドキしていると、##NAME3##は目を細めてその名前を繰り返した。
「……………どこにでもある名前なのかな」
「え、知り合いにゆきむらっているの?」
「うーん、知り合いっていうか……」
##NAME3##は若干腑に落ちていない顔をしながらも、話してくれた。
「幸せの方の幸村君なら知ってる。私は女子テニスだからよくね」
「てことは幸村君は男テニ?」
「ご明察。うちの男テニには3強がいてね。幸村君はその中でも最強の部長なの」
「へー…………」
テニス部の幸村君とはクラスが同じになったことがないため、全く顔が分からない。
しかし、妖精のゆきむら君とはイメージが重ならなかった。
色白で優しい笑みを浮かべるゆきむら君は明らかに小麦肌の筋肉スポーツマンとは対照的だし、何より汗をかいてテニスをしている印象はない。
まあ、印象といっても、初めて会った日からまだ一度も再会を果たしていないのだけれど。
「でも幸村君が入院したのはここの病院じゃないはずだから、人違いだね」
「えっ、幸村君入院してるのっ?」
「詳しくは私も分からないけど、去年の冬かな…病院に搬送されたはずだけど」
「だって、部長…………」
「だから、もし幸村君が戻らなかったら、部長不在のまま中総体」
眉間に皺の寄る##NAME3##は、ため息をついた。
恐らく自分も、幸村君に被るところがあるからだろう。
私には分からないが、きついと噂される練習を毎日続けるほど大好きなテニスができない上に、自分がいないまま大会をやるなんて、歯がゆいに決まっている。
本当は##NAME3##もテニスシューズで走り回りたいのを、なんとかこらえているのだ。
きっと、会ったことのない幸村君だって。
「…………………」
「##NAME2##、何してるの?」
「私には、もう祈るしか残されてないから…………」
両手を合わせて目を閉じていると、##NAME3##が笑う声が降ってきた。
「あんたのそういう、分かり易いとこ、大事にしてきなね」
「な、何それーっ。人がせっかく……って、あ、もうこんな時間っ」
「ここ来る度に、##NAME2##走って帰っていく気がする。今日は夜勤のお父さんにお弁当届けるんでしょ?」
「そえそう!行ってくる!会えない分話すぎちゃうんだよね……えっと、鞄はこれで、よし、じゃあまた来るね!」
ドタバタと準備をおわらせて、##NAME3##の病室を出た。
そんなにお見舞いに来てから日にちは経っていないけれど、病状は回復の一方で心が軽くなる。
早く元気にテニスをしている姿をみたいな、とうきうきしながら、一階で待つ父に会うために急いだ。
「お、お父さんーっ」
「ああ、##NAME2##。お弁当ありがとう」
受け取ったお父さんは、息を切らせた私に笑いながらお弁当を持ち直した。
「そんなに急がなくてもよかったのに」
「だ、だってお父さん、いつ急患入るかわかんないし………」
「まあ、それはそうだけど」
家から近いこの病院に勤めるお父さんは、疲れたように笑った。
渡したお弁当だってちゃんと食べられるか分からないのだから、医者というのは大変だ。
せめてお弁当を届けるくらいのことはちゃんとやりたいと思うのは、普通のことのように思えた。
「……………でもほんと、よく病院で働けるよ」
思わず零してしまった言葉を、おもいっきり病院で働いているお父さんに非難と受け取られないように慌てて否定した。
「ち、ちがうの!今のはっ………」
「分かってるよ」
しかし、返ってきたのは、予想外に穏やかな、けれど悲しさが滲んだ声だった。
分かっている、か。
そこには何か、軽々しく踏み入れられない重みがあるような気がした。
「病院にいる人に、幸せな人はいない。何かを諦めたり、痛みに耐え、それでも………未来を絶たれる人だっている。悲しい思いが常にあふれている」
浮かんだのは、##NAME3##や、想像の中の幸村君。
そして、病院の匂いを表したような、哀しい目をした、ゆきむら君。
私は病院が苦手だ。
きっとそれは………お父さんが言っていることと、無関係ではない。
白いリノリウム、無菌の空気。
自分が生きている感じがしない。
それは単純にいつもの日常から切り離されたからではなくて、きっと………大切な何かを、諦めている人がいるから。
無機質な温度が、たまらなく苦手だと感じるから。