恋してイグアナ

□イグアナの出会い
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恋をしてみたかった。

色で例えるならピンク色で、味でいうなら甘酸っぱい苺味。


フィクションの世界の存在で、友達が楽しげに話す話題で、私には関係ないものだと思っていた。



「やっぱりスカーフ曲がっちゃうな……」



慣れない制服のスカーフを指先で弄りながら、青空を見上げる。

まだ登校時間よりだいぶ前だからか、通学路であるはずの道には人がいなかった。



転校初日の緊張感を纏いながら、ポケットから地図を出す。

新しい土地、新しい人。


恋の予感だなんてメルヘンなことを言いながら浮かれるつもりはないけれど、期待にも似た気持ちが湧いてきてしまう。



「えっと………ここを曲がって……」



四つ折りにした地図に書かれた通りに道を曲がると、大きな門がどんと構えていた。

思わず足を止めて、見上げてしまう。


お寺、だ。

これは学校ではなく、お寺。


それくらいの、国宝のような立派な構えだった。

けれど門の向こうをよく見てみると、校庭が広がっていた。


噂に聞いてはいたけれど、本当にお寺の中に学校があるのか……





「あれ、どうしたん?気分でも悪いんか?」


俯いて地図を見ながら立ち尽くしていると、ジャージを着た人に声をかけられた。

そしてその頭を見て、肩を跳ねあげる。


き、金髪……!


ワックスで立たせてあるのかよく分からないが、ブリーチか何かで脱色した頭に、一歩足を引いてしまった。

ヤンキーがいる。

大阪は怖い街だと言われたけれど、早速こんなファンキーな人に出会ってしまうなんてどんな人口密度だ。


四天宝寺中学校、まさか屈指のヤンキー中学校だったらどうしよう。

どうしよう、というか、通うしかないけれど。


恋の予感とか、期待とか、馬鹿なことに浮かれている場合ではない。

緊急事態だ。


「えっと、き、気分は悪くない……です」


もしかして上級生かもしれない、と思い敬語で話すと、何故か金髪の人が近付いてきた。


「あれ、何やイントネーションちゃうな。もしかして、転校生?」

「………そ、そうです」

「あー!やっぱり!キョロキョロして何や変な人おると思って見てたんやけど、転校生やったんか!」



ぱっと笑顔になる金髪の人は、合点がいったようにうんうんと頷いた。

自分の推理が当たったからか、かなり自慢げだ。


悪い人ではないようだと、ほっと安心する。

と同時に、気さく過ぎて距離が近付き、困惑してしまう。


これが関西のノリ、なのだろうか。

そうだとしたら、慣れるまでにかなりの時間がかかりそうだ。



「何でこんな朝早いん?」

「校舎とか周りの景色とか、ちょっと見ておきたくて……」

「あー確かにここ変わっとるもんな。ま、分からんことあったらいつでも聞いてくれや!」



金髪の人はにこっと笑って、じゃあ俺は朝練に戻るから!、とだけ言って走っていった。


その背中に書いてある文字を見て、目を見開く。



「四天宝寺中、テニス部……」



テニス部だったのか。

どんなテニスをするのか、少し気になる。


気になるけれど、彼を追いかけて朝練を見学したいと申し出るほどアクティブではなかった。


「走るの早いなぁ……」



汗を流しながら、話しかけてくれた人。

学年も、名前も、何でここにいたのかも、何も分からないけれど。


また会えるのかな、と思ってしまった。


恋ではないけれど、転校初日の不安は、荷を降ろしたように減っていた。






明るい人。

まるで今日の天気のように、晴れ渡った人。
 

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