マフィアにならなかった綱吉さんとディーノさんの話。
「良かったな、ツナ」
「ありがとうございますディーノさん!」
高級レストランの個室で二人。
綱吉の声は、いつもより弾んでいる。
「これで、やっとマフィアからも解放されます」
綱吉が明るい表情を見せる理由はただヒトツ。
ついに、ボンゴレ10代目にならなくてもいいという許しを得たのだ。
あのリボーンがそれを認めるなんて未だに信じられないが、ディーノの知らないところで色々あったらしい。
けれど少しだけ、綱吉の表情が沈んだ。
「でも、やっぱりちょっとだけ…寂しいかな」
今までリボーンが持ってきた厄介ごとの数々。
それにずっと困ってきた訳だけれど、それがこれからなくなるだなんて。
嬉しいはずなのに、どこか寂しさを感じてしまうのは何故だろう。
そんな綱吉を盛り上げるように、ディーノが正面で明るい笑みを作ってみせた。
「今日は祝いだ、明るくいこうぜ!」
「ディーノさん…」
このディーノの笑顔と明るさに、いつも助けられてきた。
折角ディーノが励ましてくれたというのに、一般人に戻った今、イタリアのマフィアのボスであるディーノとこうして会うことも難しくなってしまうんだろうなぁなんて考えて、また寂しくなってしまう。
でもディーノをこれ以上困らせたくない。
綱吉は無理やりに笑顔を作った。
「とりあえず乾杯しようぜ!ツナも飲めるようにノンアルコールで甘いワイン用意したからな」
「ありがとうございます!」
店員がワゴンを引いて部屋に入ってくる。
二人の前にグラスと料理が置かれ、綺麗な色をしたワインが注がれた。
店員が一礼して去ったのを確認してから。
二人は互いのグラスを傾けた。
カチャン、と祝福の音。
口を付けると、フルーツの瑞々しい味が広がる。
「わ!すごく美味し…
ワインを飲み込んで、それはすぐ。
何故か、激しく視界がぐらついた。
続け様に頭もグラグラして、綱吉は思わず指からグラスを落としてしまう。
ワインが絨毯を汚して、グラスが粉々に砕け散っていた。
「す、みませ…!」
だけど、グラスに気を使っている余裕はなかった。
体がもう自分の力では支え切れない。
机に手を突いて、息を荒げる。
助けを求めるようにディーノを見ると、ぼんやりした視界に微笑みが見えた気がした。
「今日は本当にめでてー日だな、ツナ」
ディーノが席を立って、綱吉の傍へ寄ってくる。
気がする。
もう、周りが見えなかった。
「お前がやっと、オレだけのものになる日だ」
その声だけがただ、鮮明に聞こえて。
ディーノに強く強く抱きしめられていた。
「嬉しいぜ、ツナ。まさかこんな日が来ると思ってなかったからな」
「でぃ、の…さ…」
さっきまでの、いつもの優しいディーノはどこへ行った。
こんな人知らない。
でも、ディーノの匂いがして温かくて、何が本当なのか解らなくなる。
「薬のせいで辛いだろ?このまま、オレの家まで連れ帰ってやるからな」
「な、に…」
オレの家。
そんな、まさかこのままイタリアに連れて行かれてしまうのだろうか。
このまま、誰にも知られずに。
綱吉は残された力を振り絞って、ディーノを拒絶した。
けれど勿論、ディーノはびくともしない。
「ツナが死ぬまでちゃんと面倒みてやるから安心しろよ」
「そ、んな…でぃのさ…」
震える綱吉の指を握って、ディーノが微笑む。
その笑みは、今まで見たことのない色をしていた。
「ツナ。お前がボンゴレを離れた今、オレはもうお前の優しい兄貴分なんかじゃねぇんだよ」
言葉の通り。
それは優しさの欠片もない、微笑みだった。
笑っているのに、どうしてこんなに体が恐怖に震えてしまうんだろう。
「マフィアの、ボスだ」
マフィア。
それは、裏の世界で暗躍する犯罪組織。
どんなに飾りたてたって、結局は穢れた世界に生きる人間に過ぎない。
「ガキを一人世界から消すことなんて、簡単なんだぜ?」
低い声とマフィアのボスの微笑みで。
静かになった綱吉を軽々と抱き上げ、ディーノは闇の世界へと戻っていった。
「Io L'amo in tutta la vita」
最後は「あなたを一生愛します」です。
砕けてない丁寧語。
綱吉さんがマフィアにならないとこうなると思いました。