SS2

□ナガシビナ
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食堂の大き目のテーブルに広がる色とりどりの綺麗な紙。
カズヒラはそれの一枚を取ると何かを折り始めた。
そこへ通りがかったパスはその紙の綺麗さに思わず目を奪われ足を止めた。
「綺麗……」
「ん?これか?」
気付いたカズヒラが顔を上げる。
パスはテーブルの上をじっと見たままだ。
「これは千代紙って言うんだ。これを折っていろんなものが作れるんだ」
「日本の?」
「そう。オリガミっていう日本の遊び」
「何を作るんですか?」
「うん?今日は三月三日だろう?お雛様とお内裏さまでも作ろうかな、と」
「オヒナサマ?」
「ヒナマツリといってね。この日女の子の健やかな成長を願って行われる祭祀だ。そのときにこのオヒナサマとオダイリサマを飾って祝うんだよ」
そう話している間もカズヒラの手は止まらずあっという間に何かが作られていく。
それは人形のようになった。
「ん」
「え?」
突然その二つの人形を目の前に出されてパスはそれとカズヒラとを交互に見た。
「パスにやるよ。俺が持っていてもしょうがないしな」
「え、でも……」
「オヒナサマはね。災厄から守ってくれる守り神みたいなものだそうだ」
「守り神……?」
「流し雛、だったかな?それで体を撫でてその人形を流すんだ。そうするとその人形が災厄を肩代わりしてくれる」
「……こんな綺麗なのに……流しちゃうの?」
「でないと災厄かぶったままになるよ?」
「それでも……流しちゃうのはかわいそう」
「……まぁあくまで日本の迷信だからね。気に入ったなら飾っておけばいい」
「……ありがとう」
いつになく素直な笑顔にカズヒラもあげてよかったと思った。
「そうそう!でも飾るのは程ほどにな?あんまり飾りっぱなしにしておくと嫁に行き遅れるっていうぞ?」
「それも日本の迷信でしょう?私には関係ないわ」
「……ま、いいけど」
「そういえばミラーさんはなんでこれを折っていたの?」
「ん?……ん〜、あえていうなら……母親への供養……ってところかな」
「お母さん?」
「そう、雛人形が好きでね。たまに虫干しするのに出しては『お前が女の子だったらこれを譲ったのに』ってよく言われたな」
「そのお人形は?」
「さぁ……どうしたっけ?横須賀の家を引き払ったときに荷物もいろいろ処分したから…その時売ったもののなかにあったかもな」
「…………」
「だからせめて代わりの人形をね。流そうかと思ったんだ」
「だったらこれ……」
「それはパスのだろ?これくらいすぐ折れる」
「そうなの?その……綺麗な紙で折れるのはお人形だけなのかしら?」
「いや?なんでも折れるよ。まぁ結構忘れたものもあるが……そうだな。ツルなら簡単かな。……折ってみる?」
「え?、わ、私が?む、無理よ」
「そう?簡単だけどなぁ〜」
そういってまたカズヒラは一枚の紙を取り、今度はツルを折ってみせる。
あっというまに鳥の形になっていくそれにパスはまるでマジックでも見ているように驚いた。
「ミラーさんて器用なのね」
「そう?じゃあ褒めてくれたお礼にこれもやるよ」
「ありがとう!」
パスはそれらをもって嬉しそうに食堂を出て行こうとした。
「どうするの?」
「チコに自慢するの!それから部屋に飾るわ!」
「……そう」
かわいいところもあるんじゃない、とカズヒラはそれを見送った。




翌年の3月3日。
今ここにパスはもういない。
カズヒラは二組の折り紙で折った雛人形を抱えデッキ端に立っていた。
「カズ?何してるんだ?」
それに気付いたスネークが近寄ってきた。
「流し雛」
「ナガシビナ?」
「供養みたいなもんかな」
「…………」
カズヒラが手を離すと二組のそれは風に流され海に落ちそして波に飲まれていった。
ひとつは母親への供養のため。
もうひとつは。
もしかしたらどこかで生きているパスの災厄から守る守り神になるようにと。
しばらくは葉巻をくわえたスネークと一緒に消えた先を見つめていた。





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