SS3

□メンテナンス
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「え?今日の訓練は中止?」
「あぁ、自主的に訓練しとけってよ」
ソリッドは訓練に向かう途中に同期の兵士に呼び止められ、その事実を聞いた。
「まさか、マスターが急病にでも?」
「あぁいや…足の調子が悪いらしい」
「そうか……」
実は、マスターは片手と片足がない。
しかし、マスターに初めて会って数カ月は全く気付かなかったほどに超高性能の義手と義足をつけている。
メンテナンスは必要なものの、しっかりとスケジュール管理されていて訓練に支障がでたことはこれまでない。
今回は非常に珍しいケースだ。
急に訓練を中止にしなければいけないほどなのだろうか?
ソリッドは心配になってきた。
自然に足は教官室へと向かっていた。

教官棟へと入る。
新兵としては居心地のいい場所ではない。
割と傍若無人な性格のソリッドでも、いささか緊張する。
それでもここへと足を運んだのは、マスターに会いたいが所以である。
コンコン、とマスターミラーの部屋のドアをノックする。
「入れ」と許可の言葉を待って入室する。
「あぁ……君か」
日のあたる窓の側のソファに座る彼を見て、ソリッドははっとした。
知識として彼に片手片足が無いのは知っていた。
しかし、今こうして目の前で見たのは初めてだったのだ。
Tシャツの片袖は、肩の線から下はダランと垂れ下っている。
カーゴパンツの片足は大腿部の部分から急にぺたんと潰されてしまったように頼りなげにぶら下がっている。
「今日は悪かったな。急に中止にしてしまって…何か問題があったか?」
「あ、いや……」
何と言えばいいのか、思わず口ごもる。
「何か……手伝えないかと……」
とっさにそんなことを口走った。
「ん?まぁ確かに介助があると助かるな。いいのか?」
「あぁ、俺なら構わない」
「そうか?じゃあ頼む」
思わぬ役得が舞い込んだ。

「足の…義足の調子が悪いって……」
マスターのデスクワークの手伝い、と言っても書類仕事がソリッドに務まるわけもなく、主に彼が立ち上がったりしなければいけないような雑務を代わりにこなした。
しかし、だんだんとそれだけでは退屈になってきて、思わず声をかけた。
「あぁ。いつもは雨期に入る前にメンテに出してしまうんだがなぁ。今年はいつもより早かった。
そのせいか今朝になって動きが悪くなってしまってな…ついでに腕もメンテに出したんだ」
「メンテは時間がかかるのか?」
「そうだな、明後日には戻ってくるか」
「…大変だな」
「…もう慣れたさ」
彼の手足が失った理由はよく知らない。
いつ失ったのかも知らない。
兵士である以上、大怪我をする可能性は誰にだってある。
彼のように身体の一部を失って退役するものも少なくない。
普通は彼のような状態になったものは、兵士自体を辞めるものが多い。
しかし、彼は高性能の義手義足があるとはいえ、このような仕事を続けている。
ここまで出来るようになるまでには、相当のリハビリが必要だったことだろう。
片腕で器用にデスクワークをこなし、片足でもそれを感じない身のこなし。
「もし……」
「ん?」
「もし、次のメンテと俺の休みが重なるようならまた俺を使ってくれ」
「……いいのか?」
「あぁ……どうせ休みもすることがなくて持てあましてる」
「……なるほど。だから休日も常に訓練しているのか」
くすくすと彼が笑う。
普段は鬼教官と呼ばれるほど厳しいが、訓練以外では非常に陽気で面倒見がいい。
そのため兵士たちの間でも彼を慕うものは多い。
かつ、かなりのハンサムで女に優しい。
もちろんソリッドも彼に憧れる兵士の一人である。
彼に認められたいと思い、人一倍訓練をこなしているのもある。
こうして彼の役に立てることは素直に嬉しい。
たとえ時間を持て余していなくとも、彼の方を優先しただろう。
「ありがとう、ソリッド。じゃあその時はよろしく頼むよ」
「あ、あぁ!」
やわらかい笑顔を向けられて思わずドギマギする。

「あ!」
突然マスターに大声を出されてソリッドが驚き振り返る。
「な、なんだ!」
「風呂だ!」
「風呂?」
「うむ、実はメンテに出してるとき風呂が一番困るんだ。滑るしな。いつもは他に頼む奴がいるんだが今日は急だったしな」
「わ、分かった」
風呂か……複雑な表情でソリッドは呟いた。
その顔はかすかに赤い。
だが実際に風呂場についてみると、慣れているマスターは壁やイスを使いするすると素早く服を脱いでしまう。
「どうした?お前も脱がないと濡れるぞ?」
「あ、あぁ。いや、介助しようかと思っていたから…」
「あぁ!そうか!まぁ着替えは毎日してるからな。すまんが風呂場へは肩を貸してくれ」
「わかった」
左側から腰を支えるように腕をまわす。
手足が片方ずつ無いだけで、人の体はこんなに軽くなるものなのか。
力加減が分からず、慎重に洗い場へと抱えて歩く。
それに横で彼が苦笑したのに気づいた。
「そんなに慎重にならなくても大丈夫だ。転びさえしなけりゃいいんだから」
「いやしかし…力加減が分からない」
「そうか?普段は結構乱暴に運ばれてるからなんだかこそばゆいよ」
「す、済まない。慣れなくて」
誰だ。普段マスターの風呂の介助をしている奴は。乱暴に扱うだなどと、とソリッドは少し不愉快になった。
「いやいや、君は優しいんだなと思っただけさ。普段君たちに厳しく当たってる私なんぞ、逆に嫌がらせされてもおかしくないと思うがね」
「そんなことはない!」
心外なことを言われて、思わず声を荒げた。
「そ、そうか?」
「あぁ!皆あんたを慕ってる!お、俺だって……」
「心配してきてくれた…んだろ?」
「う……」
「ふふっ、ほんとありがとうな……いやぁいい教え子を持ったものだ」
(教え子…か…)
まだそう言われているうちは、認められていないなと思う。
先日ある隊員のミッションをサポートするマスターの姿を間近で見ることができた。
マスターのサポートは的確で、またその隊員もマスターのサポートに答えるように的確に任務をこなしていった。
マスターはその隊員の力量を把握し、また隊員もマスターを信頼しているから動ける。
早くそうなりたい、と強く願った。
洗うのを介助し、一緒に浴槽に浸かる。
この時間は人がいない。
いつもは人が多いので、大抵ソリッドはシャワーで済ませてしまい、こんな風に浴槽につかることはめったにない。
というか、そもそも浴槽のあるこの基地自体が珍しいのだ。
普通はシャワー室しかないものだ。
しかしこうやって湯に浸かるというのも悪くないな、たまには入ってみるかなと認識を改めた。
「こうやってのんびり入るのもたまにはいいものだろう?」
「あぁ、そうだな。気持いい。マスターは風呂が好きなのか?」
「あぁ好きだな。リラックスできるだろう?
それに……たまに腕や足が痛んでな。風呂に入ると和らぐんだ」
「そうなのか…」
そっと、その失った腕に触れてみる。
マスターはそれを咎めず好きにさせた。
かつて酷かったであろう傷は、今はただの皮膚だ。
「古傷というのはまるで罪を忘れるなと言っているかのようだ。傷はとっくに治ってる。それでも不意に忘れるなと痛みだす」
「………………」
「よく傷は男の勲章だなんて言うけれど、私はそうは思わない。怪我なんてしなくて済むならそのほうがいい。
怪我をするのは己が未熟だからだ。己が未熟なせいで己が怪我をするだけならまだいい。それのせいで人を死なせることだってある」
「……………」
「いいか、ソリッド。
任務というものは、生きて五体満足で帰ってこそ初めてコンプリートだ」
「……………」
「なぁんてな。こんなところで教官の顔して偉そうなことを言ってみても締りがないな」
「マスター」
「…ん?」
「俺は…俺はどんな任務生きて帰る。そうできるために訓練を積む」
「あぁそうだ。俺は、お前たちに生き残って欲しくて厳しく訓練つけてやってるんだからな、そうでなくては困る」
それに、マスターのサポートがあれば絶対に生きて帰れる。生きて帰る。
「さて、そろそろ出ようか。ソリッドの顔もそろそろ赤いようだし、のぼせてはいけないからな」
「あぁ」
また浴槽を出るために、身体を支えた。
先ほどは思いがけない軽さに、頼りなさを感じたが、これが本当の生身のマスターなんだとしっかりと抱える。
いつもの機敏な厳しい鬼教官の顔も頼りがいがあって格好よく、まぶしかったが。
今のマスターには、また違うまぶしさを感じた。
「かっこいいな、マスターは」
「なんだ?煽てても訓練を緩めたりはしないぞ?」
「あぁむしろもっと厳しくしてくれても構わない」
「なんだ君は、まさかそんな趣味が…」
「ない」
「そうか」


「うむ、いい風呂だった。たまにはこうやって教え子と入るのもいいもんだ。まぁソリッドはつまらんだろうが」
「いや、俺も楽しかった」
「そうか?」
「あぁ」
「じゃあまた機会あったら頼むぞ」
「あぁ任せてくれ」
身体を洗うときは少々照れたが、意識さえしなければなんてことはない。男同士なのだし。
「日本ではな……」
「ん?」
「こういうのを裸の付き合いっていうんだ。服を着ている時よりもこうやって一緒に風呂に入った方が、親密になりやすいんだそうだ」
「へぇ……」
「まぁ欲を言うなら露天風呂のほうが、より開放的でいいんだがなぁ……今度ボスに頼むか……」
もしかして、この浴槽もマスターの要望で作られたんだろうか?
「今日は思いがけなくソリッドと入れてよかった。少し君が分かった気がする」
「そう…か?」
確かにマスターの生身を感じられたし、自分もいつもより素直になれていたかもしれない。
「まだ顔が赤いぞ。ソリッド。のぼせたか?」
「大丈夫だ」



「今日は助かった。今度礼をしよう」
「い、いや、いいんだ。俺から言いだしたことだし」
「そういうわけにもいかんだろう。教え子に心配かけたようだしな」
「それなら…」
「ん?」
「それなら今度…飯…でも…」
「あぁわかった。奢ってやろう」
よし、やった!と内心で叫ぶソリッド。
しかしうっかり顔にも出ていたようで、不意にマスターに笑われた。
「はははっ、そういう年相応の顔も出来るんだなぁ」
ぐりぐりとソリッドの頭を片手でかき混ぜる。
払いのけるわけにもいかず、照れながらもされるがままソリッドも苦笑した。
そうそうメンテナンスに出すわけでもないから、次の機会は早くとも半年は先だろうが、その前に食事の約束も出来た。
普段人付き合いの悪いソリッドだが、単に苦手なだけで本当は嬉しいのだ。
今日はほぼ丸一日2人きりだった。
ソリッドは思いがけない一日に、不謹慎とは思いつつも義足の不具合を感謝したのだった。





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