☆弐万打記念

□怖いから(スネーク)
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まだ未熟だった。
なにもかも幼かった。
それでも気概だけは誰よりも持っていた。
その髪の色も相まって、まるで手負いの若いライオンだった。
俺は見たくなった。
育てたらどんなに綺麗な獅子になるのだろうかと。


しかし予想以上に噛み付かれた。
ここまで反発されたことはいまだかつてない。
つい俺もむきになった。
まさに野生の獣をしつけるがごとく、コチラも全力で取り押さえないと捕まえられない。
しかしそうすれば余計にさらに噛み付こうとする。
もう自分のものにならないならいっそ殺してしまおうか?
そこまで考えた。



やっと奴は下った。
…というのは見せ掛けであのサングラスの下の目はいつだって俺の喉元を狙っている。
まるで銀幕スターのように綺麗な笑顔の下はいつだって野生の獣が潜んでいる。
あぁ、たまらないじゃないか。
その目で俺を睨め。
俺だけを睨みつけていろ。
せいぜい頑張って爪を研ぐがいい。
襲い掛かってきたそのときは。
そのときこそ本当に俺がお前を叩きのめしてやるから。
そうしてお前は俺のものになるんだ。
俺だけの綺麗な獅子に。


だけど時折怖くなる。
必死に足掻くお前がいつか壊れるんじゃないかと。
お前はまるで水が地面に染みこむように俺の教えること全て覚えていった。
そればかりか驚く量の知識をどんどんと蓄えていく。
もうやめてくれ。
もういいから。
そんな蒼白い顔をして。
冷たい体で。
何を追っているんだ?
何をしたいんだ?
それともやはり獅子を飼いならすことはできないのだろうか?
自由にしてやったほうが良かったのだろうか?
お前が壊れそうで怖い。


不意に服の裾が引っ張られた。
「カズ?」
「っ!?」
ビクンとカズの体が震える。
カズの指が裾を握りこんでいた。
俯いた顔は見えない。
「おい、カズ?どうした?」
「……あ……す、すまんボス。ちょっと……立ちくらみがしただけだ」
やっと上げた顔は蒼白かった。
「……あまり顔色が良くないな。医務室で少し寝て来い」
「だ、大丈夫だよ。大げさだなぁ。下向いて考え事してたから。それだけだよ」
うっすらと笑うけど、無理していることはお見通しだ。
連日訓練、事務処理に加えて寝る間も惜しんで勉強しているようだ。
そっと手が離れていく。
俺はその肩に手をかけ、背中を支えようとするけれど。
拒絶されているかのようにその体は冷たい。
できることならその体を全て包み込んで温めてやりたい。
でもそんなことをしたらもっと拒絶するだろう。
「もう……大丈夫だから」
すっと体を離された。
部屋を出ようとするカズに思わず声をかける。
「どこ行くんだ?」
「……はぁ、トイレだよ……まさか連れション行こうとか言わないよな?」
「まさか」
弱る獅子は見たくない。
ましてや自分のせいで。
だけど俺は奴を手放す気が起きない。
そして解放してやる術を知らない。
ただ綺麗になった獅子を見たかった。
そしてそれを己のものにしたかった。
ただそれだけだったのに。
己のエゴに吐き気がした。



いっそもう壊してしまうのもいいかもしれない。
壊して甘やかして自分無しではいられないほどに飼いならしてしまおうか。
猫のようにただ愛しんで側において。
自分もカズもそんなことは望んでいないことは百も承知だけれど。
「あんた今よからぬことを考えていただろう」
いつのまにか戻ってきていたカズが俺の顔を覗き込みながらそんなことをいう。
「なんでそう思う?」
「別に。ただ勘だ」
「勘がいいな、お前は」
「何かは聞かないが……俺は付き合わないからな」
「そうなのか?お前がいないと始まらない計画なんだけどなぁ」
「やなこった。勝手に一人でやってろ」
戻ってきたカズの顔は先程よりかは幾分ましな顔色になった。
我慢できずにその頬に手を伸ばす。
「つれないなぁ?カズ」
「俺は付き合わないって言ったろ」
口で拒絶はされたが手は振り払われなかった。
そのままサングラスを外せば揺れる青い瞳。
睨みつけてくる目もたまらなかったが、甘く揺れる瞳も悪くない。
奴から噛み付いてくるのを待っていたがもう待てない。
俺から噛み付いて毒を仕込むことにした。



「スネーク!」
「俺一人じゃ始まらないと言ったろう?」
毒はいつ回る?

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