☆弐万打記念

□あなたの隣
1ページ/1ページ

俺はいくつかの書類を持ってマスターの部屋へ続く廊下を歩いていた。
時間はそろそろ20時を回ろうかという頃。
すっかり遅くなってしまったが、別にわざとではない。
数回ドアをノックすると「はいはいっと」という少し軽めの声とガタガタと何か物音がする。
ガチャリとドアが開いた。
「ん〜?」
「マスター、お休みのところ申し訳ありません。本日の訓練報告を……」
マスターはお酒を呑んでいたのか珍しくサングラスをかけていない目はトロンと可愛らしく、白い頬はほんのりと赤く染まっている。
すぐに誰だか分からなかったのかしばらく俺の顔を凝視したあと「あぁ!」と声をあげた。
「デイビッドか……報告か?」
「イエス、マスター」
マスターに書類その他を渡すと敬礼をし、帰ろうとした。
「あ、おい」
しかし呼び止められて振り返る。
「一人で呑むの飽きてきたところだったんだ。お前ちょっと付き合え」
ニマリと笑ってマスターが俺の裾を掴む。
「……お、お誘いはありがたいのですが今晩は夜間歩哨で交代しなければいけないので……」
「ん〜?まだ時間あるじゃないか。別に無理に呑めとは言わないさ。話し相手くらい付き合え」
「……了解」
実をいうとマスターの部屋を訪ねたのも初めてなら当然招きいれられたことなんてない。
娘がいるというマスターには別宅があるから、この部屋の内装は実にシンプルだ。
同じシンプルさでも普通野郎の部屋と言えばどこか雑然とした雰囲気があるものだが綺麗に掃除されており少しさみしいくらいだ。
「適当に座れ」
部屋にはベッドと簡易机。
中央にソファ。
ソファの前のテーブルに酒と氷とグラスが置いてあったのでここで呑んでいたんだろう。
俺はそのソファのすみに腰を下ろした。
目の前の壁には女の子の写真。娘だろうか。
マスターと同じ金髪に青い目で将来はさぞ美人になるだろうと思われた。
「酒は勧められないがせめて香りくらいいいだろう?」
そういってマスターは俺用にブランデーティーを入れてくれたようだ。
「いただきます」
フワリとブランデーの香りが湯気と一緒に立ち上る。
一口飲むとお世辞抜きで美味かった。
「美味い!」
「ん〜?そうか? 悪いが茶菓子はないんだ。俺のつまみの残りでよかったら食っていいぞ?」
「いえ、お茶だけで十分です」
マスターもソファの横に座ると自分のグラスをまた作り始めた。
「マスターはよく一人で酒を?」
「いや、出来れば酒は楽しく呑みたい。でも今晩の酒は睡眠薬代わり…かな。男には、そういうときがあるものだろう?」
横に座っていたマスターが寄りかかるように身を寄せて俺の顔を覗き込む。
その仕草が色っぽく、思わず俺は目を逸らし他の話題を探す。
「ま、マスター!」
「ん?」
「ら、来週の……」
マスターの体勢はそのままですぐ側に体温を感じる。
酒の匂いにまじってマスターが良くつけている香水の香りが甘い。
本来あまりこういった人工的な香りは好きではないが。
ほんのり香る程度につけられたそれはしつこくなくマスターに似合っていた。
きっとこんなに動揺しているのはマスターが今サングラスをしていないせいだ。
整った顔立ちは確かに男のものなのにどこか妖艶で酒の熱で潤んだ瞳はまるで誘っているようだ。
いつもはきっちり整えられ一つにまとめられている金髪も、風呂上りなのか今はゆるくまとめられているだけで顔にかかる髪が彼を歳よりも幼く見せる。
酒で染まった頬は艶やかで思わず撫でたくなる。
親子ほどの歳の差があるのに可愛らしく見えるのは欲目だろうか?
必死に何か話しかけたが実際何を話したか覚えていない。
気が付いたら何故か天井を見ていた。
「ま、マスター?」
胸に重みを感じる。
見上げるとうっとりとしたようなマスターの顔。
どうやらあのままマスターに押し倒されたようだ。
いや、待て出来るなら俺がマスターを押し倒したい。
しかし徐々に近付く顔から目が離せず思わずその頬に触れてみると驚くほど熱い。
体勢を逆転させるのはマスターのキスを受けてからでも遅くはないかと自分からその唇に触れようとして……目測がずれた。
マスターは俺の横にくず折れた。
どうやらかなり酒の入っていたらしいマスターは寝てしまった。
なんというお約束展開。
せめて……せめてキスくらいしたかった。
このままマスターの体温を感じていたい気もするが、そうすると下半身がヤバイことになりそうだったのでなんとか下から這い出る。
このままは良くないだろうとマスターを抱えた。
鍛えられた身体は決して軽くないが俺も十分鍛えている。
マスター一人抱えるくらいはなんてことない。
ベッドまで運ぶと小さくマスターが何かを呟いた。
小さすぎてなんだかわからなかったが少なくとも俺の名前ではないことは確かだ。
もしここで俺を呼んでくれていたら。
嫌がられても、嫌われてでもいいからいまここでこの人を抱いてしまうのに。
呼んだのは誰か別の名だった。
このくらいは許されるだろうか、と頬にキスを落とすと上掛けをかけた。
じきに夜間歩哨の交代の時間だ。
外は少し肌寒そうだけれど、火照った体を冷ますにはちょうどいいかもしれない。





[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ