novel T

□ORION
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今日もまた彼が口を開くことはなかった。









どうして頑なに拒むのか





領には分からなかった。














マスコミが勝手な憶測を報道するため、




世間では彼はとんでもない悪人に仕立て上げられている。
















被害者が亡くなってしまった今、






真実を知るのは彼ひとりのみ。












真実が何一つ明かされぬまま


どんどんと立場だけが悪くなっていく。

















相思相愛で有名だった2人






そんな彼らに憧れをもっていた者までいる。












彼らの同級生に話を聞けば聞くたび










なぜ、




彼女の首を絞めるような事をしたのか分からない。

















それでも



他の弁護士が彼を見放す中





領が今だ





彼の弁護を続けるのは、


















自分の中にも









愛する人を傷つけてしまう可能性を











感じているからだった。




























大切で






大切で









誰よりも






守りたいはずなのに
















時に















壊したくなる。

















そんな自分が怖くてしかたない。



















考えてもしかたない…、






そう切りをつけるも、



ため息を吐きながら警察署に止めた車のキーを開ける。















乗り込もうとした瞬間呼び止められる。










「先生〜!どうも。」














聞き覚えのあるその軽い口調に



舌うちしそうになる口で









無理やり笑顔をつくる。










「宗田さん。お久しぶりです。」










正直




苦手なテレビのインタビューや



カメラのフラッシュのせいで






心底疲れている。









進展しない弁護に少なからず




イラつきも募る。
















できれば一番会いたくないタイプの男だ。











そんな領の思いにも気づかず、





宗田はまじまじと領の車を見る。














「さすが先生、いい車っすね。」






今度貸して下さいよ〜





と話すにはかなり近い距離まで詰め寄ってくる宗田に、




領は眉をひそめる。













「ありがとうございます。



それより今日はどうしたんですか?」







また何か問題でもおこし呼び出されたのだろうか?














領の知るなかでも、宗田ほど警察に世話になっている男はいない。









大方直人にちょっかいをかけに来ている部分もあるのだろうが・・・・。

















「ひどいっすよ先生。




いやね、さっきカフェで直人の奴がサボってるところを見ちゃったんですよ〜。









めっちゃ可愛い女の子と楽しそうにお茶なんかしちゃって。





ウザそうに追い払うもんだから、腹いせに




上司にちくってやろうかと思いましてね。」









ニヤリと不敵な笑みを浮かべる宗田は、警察署を指さした。






「可愛い女の子・・・ですか。」









直人にはそんなに女性の知り合いが多くないことは領も知っていた。











思い浮かぶのはただ一人。













「何か、ほんわかした感じの長い黒髪の女の子で。

まさかあーゆーこがタイプだとは俺もびっくりですよ〜。」


















長い黒髪。


















分かってはいたけれど






















聞いたとたん













胸が


何かに
突き刺されたかのように










苦しくなった。





「すみません。まだやることがありますので、失礼します。」

























別にお茶を飲むぐらい














分かってはいても

















こみ上げてくる感情は止めることができなくて












ただ




うまく息ができなくて。


























今日は



本当に運が悪い



















夕立だ













信号どまり















本当に運が悪い。


















雨を避け







ホテルの軒先に








駆け込むのを見てしまった。



















きっとあなたは



一瞬の雨宿りのつもり
















分かってはいる。













でも








あなたを知らない人が


見れば














隣の男は



あなたの恋人だと思うだろう。





























彼が一つだけ




応えた質問がある。





















「あなたは被害者を











愛していましたか?」


















黙秘を続ける彼が唯一口を開いたこと。
























「大好きでした。




本当に










壊してしまいたくなるくらい。」






















そう言って彼の瞳から





涙がこぼれた。



















2人きりの聴取室。
























もしかしたら彼は









自分に共通するものを感じ









領にだけ








応えたのかもしれなかった。
































「うわぁ。濡れいちゃいましたね・・・。









あ、メール」












急に降りだした雨。








開いたケータイのディスプレイに映るネオンの光。












駆け込んでしまったのは








ラブホテルの軒下。

















でもとっさで場所を選ぶ間もなかったのはしおりも直人も承知だ。












「成瀬さんですか?」





しおりの顔が明るくなったのを見て、領からなのだろうと直人も気づく。












「用があるみたいなので、後で事務所に来てほしいそうです。」





嬉しそうにケータイを胸にあてにっこりほほ笑むしおりに




少しだけ直人の心がチクリと痛んだ。





















やはりあの人にはかなわない。

























少し生ぬるく吹く風が












降りやまぬ雨の到来を予期していた。
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