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□逢いたくて今
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【逢いたくていま】





「芹沢君・・・?」




「よう!相変らず真面目づらだな、高塚。」






突然薫の前に現れた直人は、右手を挙げ照れ臭そうにほほ笑んだ。



未だ涙で濡れた薫の頬を少し冷たくなった夏の風が撫でる。






「ど・・・うして・・?」






頭が混乱する薫の口からは微かな声しか出なかった。




それも無理はない。




3年前の調度今頃、

直人はこの世から去ったのだから。





考えるよりも先に身体が動いてしまう、それが芹沢直人だった。

そしてそんな背中を文句を言いながらも、追いかける事が薫は好きだった。

何故こんな無鉄砲で、単純で、不器用で…

こんな男が気になるんだろう。






どうして・・・





こんな男の傍にいたいと思うんだろう。







3年前の夏。




よく直人はこの非常階段でただただ月を眺めていた。



過去の罪を悔いているのだろうか。


被害者とされた親友達を思っているのだろうか。


成瀬領を恨んでいるのか。




薫がこっそりと盗み見た直人の表情はそのどれでもなかった。







一体何を考えているんだろう。


悲しみも怒りも喜びも、そのどれも当てはまらない。


ただ消えてしまいそうに儚い表情に薫は胸が締め付けられそうだった。




やめてよ。

そんな顔しないで。

あなたらしくないじゃない。





どうしたの?

あたしが話を聞くわよ?






言葉を発しようと開いた口に入るのは、夏の独特な夜風だけ。

なんと声をかけたらいいのか分からないまま。



ただ傍らに無言で佇んだ。







『なぁ、高塚。



昔の貴族はさ、ラブレターの代わりに和歌を読むんだってよ。』



『はぁ?そんな事知ってるわよ、古典の授業で習うじゃない。

何?あんた自分がボンボンだからって、和歌でも読むつもりだったわけ?』




『ちげーよ、バカ。


っとにお前は可愛げのない女だな。』





『バカとは何よ!?失礼ね!』






表情と不釣り合いな話にいつもの自分の癖が出てしまう。


言ってから気付いた。



気遣いのある言葉の1つもかけてやれない、可愛げのない女。



彼女だったらどうするんだろう?



長い髪を靡かせてニコリと笑う可愛らしい女性の姿が一瞬よぎった。




きっと彼女だったら、隣に居るだけで癒されるんだろうな・・・




およそ真逆な自分に薫は小さくため息をついた。





悪かったわね、芹沢君。




そう心の中でしか呟けない自分に嫌気がさしつつも、顔を上げた薫が見たのは



今まで見た事のないくらい優しい表情をした直人だった。




こんな顔もできるんだ・・・と驚きながら、息切れをしそうな程に早くなる鼓動に薫は戸惑っていた。

今まで感じた事のない感情にも。






当の本人は自分の表情を気にする事もなく、再び月を眺めだす。







『高塚が相棒でよかったよ。』





『何よいきなり気持ち悪いわね。



お世辞言っても缶コーヒーしかないんだから。』





気持ち悪いとはなんだ、と口を曲げながらもサンキュ、と薫の放り投げた缶コーヒーを受け取る。



それはいつもの直人の表情で、薫は少しほっとした。




薫は直人と反対向きに踊り場の錆びた手すりにもたれた。




口を開けばまた罵り合いになってしまいそうで、黙ったまま踊り場に写る直人の影をぼんやりと見つめる。






成瀬が死ねと言ったら、本当に死んでしまうのだろうか。



友人を救う事ができるなら、この男ならば喜んで死ぬのだろう。




直人が領の弟を殺したのはきっと紛れもない事実なのだろう。

でも、どうしてもこの真っすぐな男が意図的に人を殺そうとしたとは薫には思えなかった。



聞く事はできない。


どうであれ、直人自身が罪の意識を感じているのなら他人が何か言ったところで変わりようがないだろう。






何が起こるか分からない世界だ。


こんな仕事をしているせいか、他人よりも数倍その状況に身を置いている。







『月見しながらサボってました、って言ってやるわ。』





『バーカ、事件の考察するには持って来いな場所なんだよ。』








そんな会話をした数日後、




直人はこの世を去った。





どんな思いで死んだんだろう。





もう二度と帰ってくる事のない男が好んだ非常階段の手すりに、今度は同じ向きにもたれた。




そこでやっと



自分があのバカな男に惚れていたのだと気付いたのだ。





あれから3年。



思いが消えることはなく、またあの日と変わらない満月。





知らぬうちに思い出が溢れ出て、涙が零れた。


署の人達は誰も知らないこの場所で、声をあげてないていたのに・・・







もう二度と会えない筈の男が突然現れたのだった。
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