SS
□an.an
1ページ/3ページ
P1
上品なシャツを好んできるあなたにしては珍しい。
ベッドのシーツに溶け込むかの様に真っ白なTシャツとラフなジーンズ姿は新鮮でまるで別人のように私には思えた。
『用事が済んだら来て下さい。
合鍵で入って来て構わないので。』
せっかくのデートにも関わらず急用が入り遠出できなくなったこと、おまけに梅雨入りで髪も思うように纏まらない。
そう不貞腐れる私にあなたは素敵なプレゼントをくれた。
目隠し代わりに植えられた植木の間に小さな紫陽花を見つけた水曜日の帰り道。
止んだばかりの雨がキラキラと紫色の花弁を宝石の様に彩って綺麗だった。
よく見ると小さな花の集まりで、昔はよくみかけた筈だった小さなかたつむりがひっそりと隠れていた。
きっとこの庭の持ち主も知らないのではないだろうか?
ひっそりと隠れるように控えめに咲く紫陽花はどことなく切なげに見えた。
またポツリポツリとひんやりとした雨粒が服に浸み込み、そろそろ帰る時間だと急かす。
折りたたみ傘でお互い片方の肩を雨に濡らしながら、ゆっくりと歩きだした。
紫陽花はその土壌が酸性かアルカリ性かで色が変わる。
あなたの話に感心しながらも、気が付けば家の見える曲がり角に辿りついてしまった。
『しおりさん。手を出して下さい。』
『こう・・・ですか?』
あなたに言われるがままに掌を差し出すと、
ひんやりと手に伝わる金属の冷たさに自然と目が開いた。
私の掌にあったのはキーホルダーのついた鍵。
一瞬何のカギだろうと判断が付かなかったのは、あなたの住むマンションのセキュリティが高すぎるから。
訳が分からなかった。
でもとてつもなく嬉しかった。
『えっ・・・え・・私が持ってていいんですか!?』
思わず声が大きくなる。
あなたは少し苦笑しながら、でもフワリと笑って
しおりさんさえよければ持っていて下さい。
と言ってくれた。
高価なアクセサリーよりもおいしいディナーよりも、何よりも欲しくて堪らなかったモノ。
掲げるとキラキラ光るキーホルダーが胸を擽る。
ピンクと淡い紫のシャーベットカラーの小さなリボンと白いパールが上品であり可愛らしくて。
私の為に選んでくれたと思うと抱きつきたくなるくらいあなたが愛おしくなった。
用事を全速力で済ませ、急いであなたのマンションに向かう。
エレベーターを待ちながらやはり連絡を入れるべきか?少し迷った。
でも何をしているのかありのままに知りたかったから、好奇心に負けて恐る恐る鍵をさした。
リビングにもキッチンにもあなたはいない。
そっと寝室をあけたそこには、見慣れないあなたが少し背を丸めて寝息を立てていた。
私の気配に気づき、不意にあなたが目を開けた。
「すみません。
寝てしまっていて・・・。」
一人で使うにしては広すぎるベッドに腕を目いっぱい広げる仕草が猫のけのびみたいで堪らなく可愛い。
寝起きの少し腫れぼったい瞼に口づけると右腕でぐっと引き寄せられた。
「しおりさんも・・・・昼寝でもしませんか・・?」
まだ寝ぼけた掠れた声で囁かれたら拒める訳がないのに、あなたはずるいなぁ。
この策士め。
心の中で呟いてゴロリとあなたの左側へと転がりこんで肩とシーツの間へ鼻先を埋める。
あぁ、なんて幸せな香りなんだろう。
思いのほか筋肉のついた二の腕に心地の良い硬さで目を細めると、向き合う様にあなたが身体を少しずらした。
こつんと額を合わせたのがおやすみの合図。
会えなかった分すら夢の中で会いたい。
そう想いをこめて摘んだあなたの白いTシャツは肌触りが良くて、安らぐ香りがした。