novel U
□星に願いを
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「どうしてですか!?
私なんて抱きしめてくれたこともないのに・・・。
彼女なのに・・・
成瀬さんにとって私は何ですか!?」
領の事務所のドアノブを今まさに握ろうとした直人の手が止まる。
廊下に響くその声は
いつも明るい笑顔を浮かべるその声の主が
珍しく怒っていると言う事を
直人へ伝えた。
「しおりさん!誤解です!」
いつも冷静で穏やかな笑みを浮かべるその声の主が
確実に窮地に立たされているということを
直人に伝えた。
・・・ヤバい、来るタイミングを間違えた。
この場から早く立ち去らなければ・・・
そう冷や汗をかく直人が立ち尽くすドアが勢いよく開かれ、直人の短い前髪すら揺らす。
嗅ぎ慣れない甘ったるい香水の匂いは、目の前の直人に驚きながらも、鋭い視線で見つめてくる女性のものではないだろう。
「あの・・・ども・・・。」
「・・・・失礼します。」
いつも天使のようなしおりの声とは思えない低く怒りに満ちた声色に、自然とドアを塞ぐ己の身体が道を開ける。
廊下を走ってゆく後ろ姿は泣いているようで・・・。
「何が・・・。」
あったんですか・・・?と聞こうとした直人の目に映ったのは、
絶望の淵に立たされた眼差しの天使の弁護士と、
彼に抱きついている
およそ彼とは不釣り合いな小悪魔ギャルの姿。
何て恐ろしい空気なんだ。
どんな事件現場よりも重苦しく、そして多分
殺人現場よりも居心地の悪い空気。
これが所謂修羅場か?
ならば断然ピストルを持った犯人と対峙する方がマシだ。
きっと呆然とする彼もそうに違いない。
勝利不能であるほどの不利な証拠を、法廷で突き付けられたほうがどんなにマシか。
時間が止まってしまったかのように感じる狭い部屋の中、
吐き気を感じさせるような甘ったるく、
重い香水の香りが
どんより流れる川の水のごとく
開けっぱなしにされたドアの方へ流れるように
領の目には映った。
【星に願いを】