Main

□夜
1ページ/2ページ



今夜の海は、私の好きな海。


濃紺に、月明かりを反射した波の白金色の模様。


紺の空には月の光を背景に黒く輪郭が浮かんだ雲がよく見える。



私は甲板に座って、ひとりそれを眺めるのがとても好きで。


弱い風が、洗いたての髪をすり抜けて心地よい。




背後から、コツコツと聴き慣れた音が近づくのがわかった。


誰の音かなんて、クルーなら誰でもわかる。それが彼の音ならなおさら。

だから振り向いたりはしない。




『冷えない?』




足音は私の隣で止まる。



『大丈夫。』



海と空のあいまいな境目を眺めたまま応えた。



『そ?』



柔らかい声と共に、隣の人影は軽くかがむと、膝を抱えて座る私の顔の前に、マグカップを差し出した。



『ありがとう』



膝に置いていた手でそれを受け取る。



湯気の香りに鼻を近づける間に彼は隣に腰を下ろした。


『何してたのー?』



『何も。ぼんやりするの好きなの、ほんとは。』


意外でしょ?と言って、
マグカップに口をつける。

ほんのり温かい、レモネードが香った。



隣で、ふーっ、と息を吐く音と共に、眺めていた空に、紫煙が溶けこむ。



『おれ、こーゆう空好き。海も。』



隣を見ると、穏やかな目で遠くを見つめる彼の顔があった。

瞳に月の白い光が映りこんで、潤んでいるように見えて、

とてもきれいだと思った。


『私も。こんな夜が好き。きれいで。』



つぶやくと、彼は少しわらった。



『ナミさんもきれいだよ』


『月並みなセリフねぇ。聞き飽きたわ。』



『だってほんとだよ』



そう微笑むと、彼はたばこを消した。



私は海へ視線を戻す。



『こんな穏やかな気持ちで、こんな海を眺められるなんて』


想像したことなかった。



いや、ほんとはずっと、心待ちにしていた。



ふわり、と背中が暖かくなった。



『よかった』


耳元でつぶやく彼の声。


私の背中からすっぽりと包みこむ彼の腕と、膝の上で組まれた手が目の前にある。



『ナミさんが今、幸せで。』



私の肩にあごを乗せて、柔らかくて暖かい声で囁く。


大好きな、声。




『サンジくんは?』



『おれ?』



『うん』



マグカップを横に置いて、彼の手に自分の手をそっと重ねる。



『ナミさんの手あったけー』



私は彼の方へ軽く頭を傾けて、コツリ、と小さく当てた。




『好きだよ』



彼は少しわらいながら、言った。




『幸せかって聞いてるのに…』



答えになってない、と照れ隠しの屁理屈みたいなことを言いながら、静かな海を見つめた。






『決まってる』




包む腕に力がこもった。




彼の腕の中で、もぞもぞと動いて、上半身だけ彼の方へ向くと、


彼は、切ないような、目尻を下げた表情で微笑い、

唇を落とした。





暖かくて
暖かくて

彼の表情の残像から、
いろんな想いが伝わってきて、


全部が愛情となって私の中を満たした気がした。




 

fin.
次へ

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ