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□捕まった、捕まえた
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「なーなー跡部ー」
午後練が始まる少し前の話だ。珍しくまともな時間に部室に来ていたジローが、何かを思いついたように跡部のジャージの裾を引っ張った。それ自体はよくあることで、その光景を目にした者は「またか」と苦笑する。
跡部が軽く流すのもまた何時ものことで、ジローも気にした様子などなく問答無用に先を続けた。
「あのさ、ケードロやろ!」
そしてその言葉を聞いた者たちは一様に「はぁ?」と声を上げるのだった。
【捕まった、捕まえた】
「却下」
無論跡部はスッパリと切り捨てた。聞く耳持たないというか考える余地すらないというか、それはもう清々しいくらいに。
しかし、それで諦めるジローでないこともまた判りきっていることだった。
「なんで。いーじゃんケードロ!な、やろ!」
「却下だっつったろ」
「跡部のケチー。どうせ打ち合いの前に走り込みすんだろー?なら代わりにいーじゃん!」
「てか、なんでいきなりケードロ」
呆れたように口を挟んだのは宍戸で、ジローは「んー」とほんの少しだけ考えるような仕草をする。
「だってさ、いっつも同じことばっかってつまんねーじゃん。今日監督出張でいないし。宍戸も好きでしょ、ケードロ」
「好きだけどよ……」
「そういう問題じゃねーだろ」とぼやいた宍戸の声は聞かないことにして、ジローは跡部へのアタックを再開した。何故そこまで固執するのかは、甚だ理解出来ないところではあるが。
「うちの地域はドロケイって言ってたけどね」
「滝んとこはそうなん?」
「別にどっちでもよくね?なんで変わるんだろなー」
「あー、アレじゃね?大富豪と大貧民みたいな」
「中身は変わらんのにな」
他のメンバーはといえば、なんてことない雑談を始める。なんだかんだでよくあることで、放っておくが吉との判断ゆえであった。
と、そこで部室の扉が開いた。
「こんにちはー」
「あんたたち、着替えたなら外に出たらどうです?」
HRの関係で遅れてきた鳳と日吉である。にこやかに挨拶をした鳳とは対照的に、部室内の情景を目にした日吉は眉を寄せて毒を吐く。これまた何時ものことであった。
「あ!」と声を上げて、不意にジローが日吉へ走った。
そしてそのままぶつかった。
無論、勢いよくである。
「ちょっ……………!?」
「な、日吉!日吉もケードロしたいよなー!」
「はぁ?」
突然体当たりを見舞われた挙句のその台詞に日吉は盛大な疑問符を飛ばす。客観的に見ていた鳳が横から「ジロー先輩、ケードロしたいんですか?」と言った所で朧気に現状を認識した。
「そーそー、なんか急にやりたくなってさー。日吉もやろーよ」
「なんでさりげなくやる方向にシフトしてんだよ」
苦々しげな跡部の態度に、ジローは「ちぇーっ」と舌を出す。狙ってたのかと苦笑する面々の中で、日吉が何気なく口を開いた。
「……跡部さんって、ケードロやったことあるんですか?」
瞬間ジロリと睨まれて、微妙に空気が冷たくなった。当の日吉はと言えば「何かマズいことだったのだろうかと」首を傾げる。単なる疑問なのだから普通に答えてくれればいいものを。
「あるわけねーだろ」
舌打ちしながら返答をした跡部に対して反応をしたのはジローだった。
「あんな楽しいのに!?」
「楽しい楽しくない関係ねーだろ。単純に機会がなかっただけだ」
「そもそもケードロがどういう遊びか知ってます?」
「日吉、それはあかんやろ」と呟いた忍足の声は虚しくも届くことはなく。
知らないのが無理もないことだとしてもあの跡部が、プライドの無駄に高い跡部がそれを指摘されてあっさりと食い下がるはずもないのである。
「オイ、」
案の定傲慢な笑みを(半ばキレ気味にも見えるが)浮かべながら、日吉とジローを軽く見やって言い放つ。
「そこまで言うならやってやろーじゃねぇの、あーん?」
「え?」とどうしてそうなったのか判っていない日吉と、とりあえずケードロが出来ることを喜ぶジローと、「あーあ」と呆れ半分に笑う他のメンバーと。
そんなこんなで、氷帝学園男子テニス部ケードロ大会の開催が決定されたのであった。