オリジナル+短編

□死に際に風が頬を優しく撫でた
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夏。
日光が僕を照りつける。
半そでのシャツの下がじんわりと汗ばむ。

風のない屋上で僕は、昼ごはんもろくに食べずに、ぼーっとしている。

手元のパンがぼやける。

雲ひとつない空を見上げると、寄りかかっていたフェンスがぎし、と鳴いた。
ふと隣を横眼で見れば、ぼんやりと人の輪郭が見える。

分かっている。気のせいだ。

すぐ傍に居た筈の温もりを探し求めているだけなんだ、と。



それは、偶然で、突然だった。
あぁ、一体誰が予測しただろうか。
君がこの世界から居なくなってしまうことを……

『智君』

今でも鮮明に思い出せる、君の声。君の笑顔。

『ずっと一緒にいようね』

にっこりと笑って言った君に、僕は頷きを返した。
「中学生如きが」と言われるかもしれない。
でも、僕は本気だったんだ。

本気で、彼女とずっと一緒に居たいと思ったんだ。居られると、思ったんだ。

でも、現実は優しくなかった。

部活帰りの夜道、彼女は車に轢かれ、帰らぬ人となってしまった。

ずっと一緒にいようって、言ったのに。
約束だよって、言ったのに。
二人で、くすぐったそうに笑っていたのに。

なのに、どうして。
どうして、君はいないんだろう。
どうして、僕の隣は空いているんだろう。



持て余していたパンを、隣に置く。
立ちあがり、僕たちが出会った町を見下ろす。
それは何も変わることなく、機能し続けている。

この町にとって、あの子は必要な存在ではなかったということ? 

ああ、でも、僕にとっては違うんだ。

ちっぽけな言葉かもしれないけど、僕は彼女を愛していた。
彼女を必要としていた。

いや、違う。愛してる。必要としている。

彼女の居ない生活なんて、考えられない。



視界が霞む。
キャンパスにぐちゃぐちゃに絵の具を塗りたくったような、そんな世界。
そこに僕一人が取り残される。
君が居ないと、僕は世界を視認することすらできないんだ。

「……会いたいよ」

自分の口から出たものなのに、聞いたことない声に思えた。
会いたい。
君が居ないと、僕はこんなにも無力だよ。



フェンスの高い位置に両手をかけ、更に右足をかける。
少し体を持ち上げ、右足より高い位置に左足。
そんな動作を交互に繰り返していく。
ぎしぎしとフェンスが悲鳴を上げる。

風はないのに、汗が引いていた。



『智君、大好きだよ』


君の声が聞こえる方へと、手を伸ばす。

目を瞑れば、暗闇の向こうで君が昔と変わらずに微笑んでいた。



僕も、大好きだよ。千鶴。
今度こそ、ずっと一緒だ……





死に際に風が頬を優しく撫でた。




end.

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