■蒼夏の螺旋 3

□キスが甘いとは限らない
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五月も半ばを過ぎると、
さすがに春というより
初夏と呼ぶべき日和となって。
陽の下に立てばじりじりと暑く、
帽子なり日傘なりがないと
大変だったりもするほどで。

 『サラリーマンは大変だよなぁ。』
 『? 何がだ?』

だってよ、まさかこの時期に
どっかの財務大臣みたいに
ボルサリーノかぶる訳にも
いかんだろうし。
いくらクールビズと言っても、
大リーグのキャップを
スーツに合わせるのも何だろし
……なんてことを言い出す
童顔の奥方だったのへ、

 『ああ、それは まあな。』

言いたいことがやっとこ通じた
のっぽの旦那様もまた、
クールビズと言われちゃいても、
外への会社回りの際は
一応ネクタイ必帯となる、
異業種の方々も
多数お相手します属性の
商社マンだったりし。
ちなみに、ルフィ奥さんはといえば、
先に言ったように童顔なその上、
子供たち相手のPC教室の助っ人講師と
某経済エージェント様の
ネット上の日本支部担当員という、
微妙にラフな肩書なため。
自前でもお仕着せでも
スーツなんて1着も持ってないし、
十代の女の子が贔屓にしているような
ファストファッション・ブランドの
お洋服が
どんぴしゃりとお似合いで、
マリンボーダーも
エスニック・チュニックも
おまかせvvという、
着こなし上手と来たもんで。

 『俺らは いんだよ。
  長年の経験とか
  先輩から受け継がれた
  お家芸とか駆使してっから。』

 『おお、秘伝の技ってやつか?』

凄げぇな、
そういうのも代々で受け継ぐんだ、
俺そういうのには縁がないから
憧れちゃうなぁと、
それは無邪気に
ワクワクしておられる奥方だが、

 “まあ、俺の場合は、
  いつまで長っ尻しても
  迷惑がられねぇ穴場の店とか
  昼休みの頃合いなのに
  案外と人が来ない木陰の多い
  公園とかの話だが。”

なので、奥方から“教えてくれよぉ”と
どんなに甘くねだられても
お口にチャックし、
なあなあと
背中を昇られようと跨がられようと
これだけは言えんと
頑張っておいで。(頑張れ〜vv)
そっちは何とか
死守出来ていたご亭主だったが、

 「………ゾロ。」

その日は特に
何という残業予定もなければ、
はたまた翌日から
どっかへ出張という運びでもなく。
ごくごく平時の出勤であり終業であり、
この時期なら、
まだ空に明るみも残る頃合いに、
ただいまと自宅への帰宅と
相成っていたご亭主だったが。
そういや途中の乗り換え駅から掛けた
“帰るコール”への応対も、
ちょっと堅かったかなと思いはしたが、
ここまで様相が違おうとは思わなかった、
ロロノアさんチのゾロさんで。
まず、玄関までの
“おっかえり♪”というお出迎えがない。
一応は夕食の準備もしていたのだろうが、
キッチンはどこか温度が低く、
さあ すぐにご飯だぞとは
運べない段階を匂わせる。
そして、それらを通過して
辿り着いたリビングでは、
窓側に据えたソファーに
わざとらしくも膝から乗り上がっての、
つまり こちらからは
後ろ向きに座しておいでの奥方が
待ち受けており。
今日は昨日の雨を一掃して
またぞろ暑くなったものだからか、
ダメージジーンズの短パンに
薄生地木綿の半袖パーカー、
もしかしてインナーは腹が見える丈らしき、
ビスチェもどきを早々と着込んでおいでの、
何とも可愛らしいいで立ちなのに。

 「どうしたよ、
  腹でも痛くなったのか?」



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