■天上の海・掌中の星 4

□我が名は 天狼の護神ゆえ
1ページ/4ページ


今年は特に、
桜の華やぎに見惚れの浮かれのしたの
ずんと短かったような気のする春先で。
開花は昨年ほど早すぎもせずで、
満開になったのもまま
四月の頭と順当な方だったし、
何よりも いいお日和も続くようだったので、
こりゃあ週末は花見だなんて、
予定を立ててた人たちも多かったろに、
それをあっさりと裏切るような、
小意地の悪い駆け足で、
たいそう冷たい雨が突風と共にやって来て、
咲き初めで
花保ちもまだまだ良かったはずの
名所の桜を
次々と毟り取ってった憎たらしさよ。

 『まあ、ご近所のは
  あちこちで
  まだまだ健在だったからいいけどよ。』

そもそも そうまでの遠出をわざわざ構えて、
人の頭を見に行ったような
花見をする気はなかったけれど。
テレビのあちこちで
“ほらこんなに見事ですよ”と映し出される、
遠目に見てもそりゃあ見事な、
大群の桜の凄艶なまでの壮観さ、
居間に居ながらにして堪能するのもまた
今時の楽しみ方なのだし。
そういった中継なり特集なりが
出来なかったあおりか、
桜の話題自体も少なかったしなぁと、
あのルフィが
妙に気にしていたようだったのは、

 「何の、
  そのたびに
  “近所のでいいから花見しようぜっ”と
  はしゃいだり盛り上がったり
  出来なかったからだよ。」

時計代わりにつけている
ワイドショーなどで触れれば、
必ず 見えないお耳を立て立て、
見えないお尻尾振り回して、
なあなあ大川まで行こうよとか、
柿の木公園のを観に行こうよとか、
春休み中だけでも数回は、
ちょっとした散歩Ver.の花見を
消化するのが通年なのだそうで。

 「結構 風流なもんじゃねぇか、そりゃ。」

あの食いしん坊には想いも拠らぬ一面だなと、
金髪痩躯な聖封様が感心し、

 あのお元気坊やを駆り立てるなんて、
 やっぱ桜ってのは特別な花なんかねぇ。

 どうだろな、
 花火大会や紅葉の情報へも
 同じような振りを、
 寄越す・け・ど・よっ、と

緑頭の破邪様のお返事の最後ら辺が
微妙に刻まれたのは、
びょお…っと
風を切る鋭い音も忌々しい素早さで、
鋼のような切っ先が続けざまに襲い来たのを、
一つ一つ 精霊刀にて
右へ左へと弾き飛ばしながらだったから。
新緑目映い清かな気候に誘われたものか、
いやいや それは関係ないはずの、
こちら様がたへは毎度お馴染み、
別次界から紛れ込んで来た、
なかなか厄介な存在への対処に
当たっておいでだったからで。

 「天聖界からってんじゃなさそだな。」
 「ああ。」

この陽界のような、
物質主体、されど甲殻に覆われた格好で
アストラル体が存在しもする次界は珍しく。
天地誕生というほど ずんと昔、
転輪王が混沌を光と闇に分かつたことで
“世界”が風を得、
時間という刻を刻み始め、
その大いなる奇跡が生み落としたのが
この陽界
…云々という話をいつぞや並べたが、
闇が曖昧模糊とした混沌ならば、
光の終焉にあるのは
結晶化という静止した世界であり、
それが“完璧”だというのも
どうかと思う皆様が、
とりあえず、非力な存在までも
巻き込まんという
問答無用にして大規模な
調和の乱れだけは防がねばと、
どちらへも極端に傾かぬよう、
監視の眸を配っておいでで。
その先鋒…というか、
最後の手段の方が正しいか、(おいおい)
絶大な力もて早急にあたれる技量を認められ、
次界の歪みを掻き乱す乱入者への
対処を専任としているのが、
毎度お馴染みな、
こちらのいい男お二人なのだが、

 「こんなややこしい組成の種なんて
  居ねぇだろうし、
  陽界にねじ込まれた弾みで
  転変したにしても……っ。」

ヒトの大人ほどの大きさの“それ”は、
緑がかった灰色、
鈍色という色合いをしており、
その形状を例えるなら、
海中をたゆとうクラゲというところか。
笠や脚部に分かれたお呑気な姿ではなく、
全体一括な塊のようなので
アメーバみたいとも言えて、
しかもそのアメーバくらげは、

 「…っ!」
 「ちっ!」

掴みどころのないような、
ぽやぽやしたその身を、
どういう弾みでか、
不意に硬化させては四方八方、
あるいは一定の方向へ、
槍のように鋭くした切っ先にて

 当たるを幸い、
 突き通さんばかりに
 延ばして来るのは大概にしろよな、と

あのサンジさんが文法を目茶苦茶にするほど
テッペン来ておいでな難物でもあって。

 「てめぇ、このスーツはな、
  ナミさんが風渡りの儀式で
  お召しになってた今年のドレスと、
  対になってた一点もので…っ。」

あ・やっぱりか。(苦笑)
洒落者な人が
それなり気を遣っている装いを
台なしにされちゃあ頭にも来るだろし、
しかもしかも特別な衣装と来ちゃあねぇ。

 「つか、
  そんな曰くつきの服を
  何で着て来たよ、お前。」

 「曰くってのは何だ、
  呪いみたいに言うんじゃねぇよ、
  体育会系が」

毎度毎度、襟なしボタンなしの
ラフなカッコばっかしやがってよ。
何なら、
着流しで歩き回ってたらどうだよ、
なあおい…と。
どう考えても
言葉が通じる相手だからという
とばっちり系の八つ当たりだろう、
ややこしい言い掛かりをつけて来る
聖封さんからの口撃を、

 「………。」

“ああうるせぇ”とうんざりしつつ聞き流し、
何か言い返すより優先されて働いた感覚で

 「…っ。」

ぶんっと大きく振られたのが
大太刀による鋭い一閃。
飛び出してから構えていては、
出遅れかねない鋭い切っ先ゆえ、
これでも実は油断なく
敵を睨んでおいでの破邪さんだったのであり。
何度めかの不定期な穿孔系の攻撃、
飛び出して来るのを
ずば抜けた勘で察知しては
雄々しい四肢を踏ん張り、
的確に刃で受け止め、
その端から“てぇいっ”と弾き飛ばしつつ、

 「で、結界はまだか。」

 「おうよ、
  あとちっとだ、待ちやがれ。」



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ