■天上の海・掌中の星 5

□凍るような
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見るからに異形のものである。
人のような目鼻のある頭を載せた胴、
そこから伸びて身を支え、
その上で得物を操りもする四肢とを持つ風体は人間に似ているが。
腕は背中からも生えており都合5本あるし、
口と鼻は一体化していて、
ゾウの鼻のような筒状の器官が突き出しており、
ふよんふよんと揺れているところだけなら面白い風貌だったが、
夜気にとろけて白く霧になる吐息は、どんな毒を吐き出していることか。
衣紋というより甲冑、いやさ、鱗のようなもので皮膚は覆われ、
足元も甲冑揃えの一端にも見えなかないが、
甲の長さに匹敵するほどもの長い付け爪をする意味が判らないので、
そちらも自前の鋭き武装に違いなく。
アスリート級の長身に分厚い肢体で、こちらへと向き直り、
肩から前へと伸びた腕にて、ごつごつとした棒のような竿のような得物を二か所掴んで
仁王立ちするその存在は、
そもそも金髪の聖封さんが構成した“合”の結界障壁の中にて この姿を現した。

 『…なあゾロ、何か変な匂いしねぇか?』

特に風もなく、雪も霜も気配はないのに、
手套がないと手指が凍るような殊更の冷気に満ちた早朝の外気の中、
ごみ捨て場の鍵当番だったのでと、
珍しく早起きしたルフィも一緒に ご町内の少し外れた辻にある収拾場まで出向いた帰り。
キンキンに冴えた日の出前の空気にひゃあと身をすくめ、
少し大きめのダウンコートにくるまれた、小さな体をぎゅうぎゅうと
大きな破邪さんの腹辺りへ押し付けてたところまでは無邪気なものだったのに。
まだ薄暗がりの中、ふと立ち止まってそんなことを呟いたものだから、
んん?とそちらも立ち止まったゾロが周囲にまずは視線を巡らせ、
それでは足りず、襟巻きを巻き付けた首の上に座った頭ごと
ぐるりと周辺を見回してから、

 『……おい。』

短く呟くと、彼らの立つ空間周辺がじわりじわりと凍り付く。
それ自体に邪気も瘴気も感じられず、
二人の前へまずはと その姿を表したのが、
さすがに寒かったのかスーツではなく裾に生地をたっぷりとったコート姿の

 『サンジ。』

こんな早くから見廻りかと駆け寄りかかったルフィへ
彼の方からカツカツと刻むような足取りで駆け寄って来て、
コートの裳裾、旗のように大きくひるがえすと
サッと鮮やかに小さな身を双腕で抱え上げて連れ去ったと同時、

 『…来い。』

破邪が頭上の宙へと差し上げたのが、雄々しき片腕。
開かれた手のひらへやはり何かが氷結してゆくように凝ごって固まり、
ルフィにも見慣れた“精霊刀”へと変化する。
しっかと形が取られ切ったかどうかという素早き間合いにて、
鞘から抜き放たれたその太刀が、
刀身へ走る冷ややかな光をまき散らし。
そのまま凍えた空気をざくりと切り裂けば、

  がぎがき ざりしゃん、と

凍ったばかりの粗い氷を砕いたような、冷たく固い大音響が鳴り響き、
パンと弾けた何かがあって。

 『わっ。』

サンジの懐に囲うように守られていてルフィが、
それでも首を伸ばして覗いた後方。
自分がゾロと立ってた辺りを見やったその視野を埋めたは粉雪
…のような霜が周囲一帯へ大量に吹き飛ばされた様であり。

「今朝の寒さはあいつのせいか?」
「いや、いくら何でもこうまで広範囲へ影響出せる格じゃねぇよ。」

その余波だろう突風のように走った衝撃波により、
サンジが羽織っていたコートがバタバタとはためき、
ルフィもここまでですでに真っ赤になってた頬や鼻の頭をばふりと叩かれた。
その身を覆う外郭としてまとっていた冷気を、ゾロが精霊刀の一閃で突き崩したらしく。
身を守るのにそんな手段まで講じられるとは、
さては自分らと同様のスペックを持った天聖界からの越境者かと警戒しかけたものの、

「こっちの妖異が何か食った手合いだな、ありゃあ。」

気配や精気を察知したり読んだりが得手の封印の聖封さんによれば、
そこまでたいそうな存在じゃあない、
こちら生まれの陽世界の格に何かがくっついた存在だそうで。
その“何か”が天聖世界の素養だったがため、
ここまでおどろ恐ろしい仕様へ転変したらしく、
また、だからこその異様な気配から、
サンジも急いで駆けつけてこうして障壁を張ってくれたのであり。

「これから帰って一寝入りって間合いに出るかよな。」

まだ少々暗い中、白い吐息を吐きながら、
向こうとこっちの境界で迷子になった何かしらへの毒づきか、
忌々しいと肉づきの薄い口許を歪める貴公子殿の端正なお顔を見上げ、

「朝帰りか、サンジ。」
「…どこでそういう言い回しを覚えるかな、この小僧はよ。」

なんてな斜めなやり取りになってたこちらの二人はさておいて。(まったくだ)

「……。」

サンジの読み通り、どうやらこやつは
こちらの世界で死者の残滓を吸い取って糧とし、
せいぜい気の弱っている人をたぶらかしてた級の妖異らしく。
それがたまたま天聖界から紛れ込んだ何かを吸って、大きく育ってしまった手合い。
仰々しい風体なのは人々が怖やと思ったあれこれが混ざった結果なようで、
ただ、

 “こいつぁ…。”



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