床の間コーナーvv

□霜月と板前料理
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arya 様から頂きましたvv
ルフィ親分捕物帖での
いつまでも焦れったい二人に
というお話ですvv



 例の梅の木の枝に結ばれた赤いこよりに呼び出されたのは、肌寒さを感じるようになった、とある日のこと。橋のたもとで坊様が待っているのは、“麦わらのルフィ”と呼ばれている、若い岡っ引きの親分さん。実は懐にしまい込んだこよりにも、小さな筆書きのあまり上手くはない字で、待ち合わせの時刻と――その日は空けておいてくれと書いてあったりしたもので。 わざわざ開いて確かめるまでもなく、筆跡だって簡単に思い出せる程に。…そのくらい、もう何度も何度も読み返してしまった。誰にも――それこそ親分にだって言えない、彼の本業、公儀の隠密は専ら夜に動くのが主だったが、そちらの方も珍しく、取り立てて何の動きもない。今のところは落ち着いたものであったから、予定は入れてなかったのだが。

(………前にも言ったハズなんだがな、手紙にすんなって。)

 どこにだって悪い奴はいる。手紙を盗み見て、これは金になる逢い引きかと考える、悪い輩がいないとも限らず。そんな訳で、ひたすら悪いことを考え始めればとめどなく、寒い中仏頂面で約束の時間の数刻前から待っていたお坊様。…それだって真っ直ぐで素直な、親分さんの身を案じてのこと。渋いお顔で思い詰めて立っていたお坊様を、人々はどう思ったのか――托鉢の鉢にも袋にも、お布施がそれはたくさん入っていた。

「……あっいたいた!遅くなって悪りぃな坊さ…じゃねぇゾロっ!」

 向こうから息せき切って走ってくる人物を認めて、坊様は内心ようやく胸を撫で下ろした。両手を合わせて「すまねえ!!」と頭を下げる。何でも、息子の家へ行きたいと歩いていた、足元の覚束ないおばあちゃんをおぶって、送ってあげたそうで。気をもんで待っていたことなんか、もうどうでもよくなってあっさりと許せば親分さん。

「――あんなあんな、きょ…今日はさ、ゾロ、何か予定あるのか?」

 耳まで真っ赤な赤い顔で、そわそわと坊様の返事を待つ様は。下っぴきの誰かさんがいれば、どこの乙女かお女中ですか、とツッコミを入れたであろうほどに。

「…いや、ねぇよ。」
「そっかぁ、良かったー!」

 パァーッと花が綻ぶように、心底嬉しそうな笑顔を向けられて。その笑顔の眩しさに、思わず目を逸らしてもしまうのだが。

(…………くそう、何だってこんなに可愛いかね。////////)

 反則だろ、と心中でぼそりと呟く坊様の葛藤の奥底に潜むものを、向けられる親分はおろか当のお坊様も気付かないと来ているから、全くもって始末に負えないのだ。

 さてさて。

 ひょんなことで知れた親分の生まれ月が縁で、お坊様が霜月の生まれと知ってから、親分は何かとプレゼントしてくれる。ある時は自ら手縫いの褌であったり、またある時はドルトンさんの蕎麦だったりしたけれど。

「……今月はゾロの生まれ月だろ?だから今日は、ゾロに飯を奢っちゃるかんな。」

 普段托鉢やお布施で生活しているような坊様だから、きっと食べ物がいいだろう――と、どうやら親分にしては色々悩んで考えたらしく、食事を奢ろうと考えたようで、ある店の前に坊様を連れて来たのだが――。

 だがしかし…お坊様の表情は非常に堅い。

(……よりによって、ぐる眉板前の店かよ…!)

 親分の気持ちは嬉しいし、感謝こそすれ何の不満もないのだが――何となく面白くないのは何故だろう。
「…親分の頼みだからな、腕によりをかけて作ったんだが。」
 そしてここは『かざぐるま』の店の中。自分相手の時は、警戒心と不機嫌さを隠すこともしない(自分も人のことは言えない)板前が、それはにこやかに愛想良く対応する様にむしろむかつきを覚えている。

 目の前に出されたのは、何かの鍋とお吸い物。
 麦飯に卵と自然薯のとろろご飯。
 香ばしい匂いの立ち上る、包み焼き。
 酢味噌で絡めた、野菜のぬた和え…等々。

 …正直、何やらにやにや笑いを浮かべているこの板前の料理など、一口たりとも口にしたくなかったのだが――親分絡みなだけに、無碍に断ることもできない。親分も食べたそうにしているので、「食べるか?」と聞いてやるのだが、それには涎をだらりと垂らしつつも、そこは断る親分で。

「今日はゾロの為に作って貰ったんだぞ!俺が食っちゃ駄目だろう!」

 …などと言っている。 (…余談ながら…親分が人の食べかけでも、平気でかっさらって食べることを知っている者達から見れば、これは何とも信じられないことだったとか。) サンジの料理はうめぇんだから。手放しで親分さんが褒めるのが、これまた癪に障るのだ。

「…ほら、熱い内に早く食べなって。」

 にっかと見守る親分の視線に圧されて、取り敢えず一口食べた坊様、

(…毒は入ってなさそうだな。)

 …旨いか不味いかよりも、まず感想がそれだった。

「…おい断っとくがな、体に悪いモンは入れとらんぞ、一切。」

 心の中を読んだみたいにそんなことを言われて。…お互い、互いの考えは読めている。 ゆっくり過ぎるほど、油断せず、慎重に箸を進める。板前にとっては焦れった過ぎて、もはや嫌がらせだったことだろうが。 味は確かに悪くなかった。いや間違いなく、最高に類する店だ。これだけの味の良さでリーズナブルと来れば、確かに人気があるのも頷ける。…と言うか、もっと人気が出てもいいくらいだ。

 ――しかし、料理の腕は認めても、最悪な本人への好感度が変わるかと言えば、これはまた別問題で。

 お坊様が残り一口を口に含んだところで、ぼそり、と発された一言。

「――すっぽん、しこたま入れてやったんだがな。」

 途端に、ブ――ッと吹き出した坊様。汚ねぇなおい、と毒づく板前の言葉も聞こえていない。

「…残念だが、それだけじゃねえ。鰻や山芋と大蒜も含めた、滋養強壮の食材が二十数種類は入ってるぞ。」
「おーそれ知ってるぞ!イモリの黒焼きとかだろ?」
「バカ、それは惚れ薬だ、ウソップ!」

 すっぽんやら大蒜に山芋…などとくれば、よく知られているのは精がつく食べ物…(ゴホッゴホッ)。


 すっぽんはともかく、こういう食べ物は普段でも人は口にしていて、量も顕著に効果が見られるほどには食べないし、食べたからと言って即効果ありという訳では勿論ない。

「…な、何を入れてやがんだッ、このぐる眉…!!」

 …やはり懸念していた通り、何かしら企みはあったようで。

 そりゃ、まだまだお若いお坊様。
 すっかり枯れきっている訳じゃない。
 今まででだって体は充分過ぎる程に機能しているのだからして。

 …頼まれもしないのに、別に感じなくてもいい火照る体の渇えと疼きを持て余すなど、御免被りたい。そりゃ確かにれっきとした僧籍は持っていない。便宜上、そっちの方が何かしら都合がいいからで。別に酒を飲もうが、肉を食おうが、咎める者は取り敢えずいない。女を抱くのもそうだ。

 …取り敢えず今、そんな気は更々ない。
 …だけど。

 もしも渇えを持て余して、この可愛い親分さんに手を出したらどうしようか? 無体なことを強いてしまったら?それくらいなら、いっそ――…。と、考えはするものの。でも何故か、この人を前にすると、何故か女を相手にしようという気は失せる。 この人の前では綺麗でいたい…と言うのでもなかろうが、そういうことをしたいと思えない。

 堂々巡りでぐるぐる。

「……てめぇが判ってねぇから、だろうが……!」

 ケッ、と煙草に火を点けつつ、ぼそり。女を抱けないのは、気になる相手がそこにいるから。そして女に手を出す気がしないのは――その相手にある意味操立てしているからだ。でもそんなことを教えてやる程、板前はお節介でもなければそんな義理もなかった。

 “…本能に訴えかけりゃあ、早いと思ったが…甘かったぜ…”

「なあなあサンジ、ゾロはどうかしたのか?固まっちまったぞ?」
「大丈夫だ。精のつく料理だからな。…まあ大方、この後どうするかで悩んでるんだろ。」
「?」

 どこで聞いたのか「寒くなると古傷が痛む」と言っていた客の話を聞き、親分はいつぞやお坊さんが自分を庇って受けた傷を思い出したらしい。あの時の坊様は深手で、しかもじっとしていなかったから、なかなか傷は治らなかった。そのためにわざわざ親分は、板前に「元気になる」料理を頼んだのであるが、こんな事情は当然、お坊様の預かり知らぬこと。…ちなみに、すっぽんが何故この小料理屋にあったかと言うと、かざぐるまを常々贔屓にしている商家で、お得意先を呼んで行われる予定だった宴会が、急遽延期になったため。向こうさんの都合であったから、取り敢えずそのすっぽんは好きにしていいと、何とも太っ腹であったことですが。高い食材ながら、女性陣が食べたがらないところで、親分の依頼が来たもんですから、これは渡りに船とばかりに破格の価格でメニューに乗った板前さん。“クソ毬藻の坊さん”に対する、ちょっとした(いやかなり?)嫌がらせも含んだものであったようです…。

「体が高ぶってきて、じっとしていられなくなるんだ。迂闊に近付くんじゃねぇぞ、親分。そーなりゃ、ヤツは魔獣なんだからな。情に絆されてうっかり相手なんかしたら、朝まで寝かせてくれねぇぞ」
「え、そうか?」

 親分、ビビるどころか溢れんばかりの満面の笑み。何となくイヤな予感がする。お坊様の方へとてとてと歩み寄るなり、

「…ゾロ、心配しなくても今晩は俺が付き合ってやるぞ!俺さ、お前が魔獣だって構わねぇし――別に朝まで寝られなくってもいいから。」

 …気を落ち着けようとして、熱いお茶を飲みかけた坊様、またブーッと吹き出しました。板前もしっかり巻き沿いを食らい、煙を思い切り吸い込んで激しく噎せていた。

「今日のお前、メチャクチャつぇーんだろ?『ケダモノだから相手したら寝かせてくれない』って、サンジ言ってたぞ」

 ――そう、わくわくと目を輝かせる親分に深い意味はない。大方、手合わせくらいの意味であろう。それは、この場にいる全員が理解できた。だが、その台詞に含まれた下世話な意味まで的確かつ即座に感じ取り、板前を物凄い形相で睨み付けているお坊様。 …親分、間違いなく寝かせてくれないの意味が違うぞ、と内心でウソップは思ったが――突っ込む気力もなく黙っていた。

 …そして、坊様の板前に対する心証が、更に輪をかけて悪くなったことはもはや言うまでもない。





   ■ おまけ ■


「そんな強くなる食いもんなら、俺にも作ってくれよ!サンジ、俺も食いてぇ!」
 …と親分がほっぺをふくらませている。

「残念だが、同じメニューは作れねぇ。高級食材はもうねぇし…。それに、クソ毬藻の坊さんのメニューはお前には合わねーよ。結構酒が入ってっからな。」

 …ちなみに、親分が飲める酒は甘酒だけである。

「何の酒だ?」
「ハブ酒……」

 親分以外の連中の目には、真っ昼間にも関わらず、剣を構えて今にも板前に切りかからんばかりの、阿修羅の幻影が坊様の背後に見えたという……。






     おわり   10.12.25.


 …つまらないものですが、
 これにて失礼いたします。


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