お懐かし初期作品

□もしものランプ
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 *このお話、
  ビビ皇女やチョッパーさえ
  登場しないほど初期の代物ですので
  どうかご容赦を。




    1



 鮮やかな蒼と吸い込まれそうな紺碧と。濃厚で深みのある油彩の一枚絵のような…という表現は、本物の実物に対して順序が逆なのかも知れないが、そのくらいいつまでもいつまでも眺めていてまるきり飽きない魅惑を秘めた空と海ばかりが、見渡す四方一杯にぐるりと広がっている。爽やかに乾いた陽射しは明るく、単調な潮騒を運ぶ風も至って穏やかで、航海はひたすら順調だ。ただただ順調なばかりではそれこそ飽きても来るが、そこは人員が片手で収まる少数精鋭で運営されている船。ひとたび大風やら嵐やらが襲い掛かれば、たちまち全員が何人分もの働きを見せねばならなくなる。だからと言ってきりきり舞いをしている風では決してなく、同じブラックジャック…海賊旗を掲げる相手と遭遇したなら、同じ面子で何十人分もの働きを充分にこなしてしまう、頼もしい若い衆揃いの船。東の海"イーストブルー"で随一の懸賞金をかけられた船長が乗るこの船こそが、麦ワラのルフィ率いる『ルフィ海賊団』のキャラベル"ゴーイングメリー号"である。


 乗組員の顔触れは、年齢層こそ海の世界では"小僧こわっぱ"扱いだろう十代の若者揃いであるものの、そこはそれ、能力も肩書きも半端ではないお兄さん・お姉さんたちだからこその有名ぶりで。素人さんでも知らぬ者のないほどの凄腕で、加えて渋くて超男前な三刀流の"元・海賊狩り"とか、岩をも砕く爆烈キックを自在に操り、料理の腕も超一流という過激なコック氏とか、元気を鼓舞するホラ話ならお任せ、射撃の腕と逃げ足も人間離れしているぞのメカニカル&後方支援担当とかおいおい、ナイスバディと明晰な頭脳で、女だてらに男ども4人分と等しいまでの存在感を維持している肝っ玉航海士とか………おお、怖い。
こんな錚々たるメンバーを仲間に引き擦り込んだのが、船長の麦ワラのルフィこと、モンキィ=D=ルフィ、十七歳の伸び盛り。…で、奥さん奥さん、ここだけの話。彼は悪魔の実の能力者で、身体がゴム化するため"お年頃"に関係なくいくらでも伸びるし、殴られても潰されてもダメージはほとんどないというから、銃や大砲で撃たれても平気という掟破りな化け物である。かてて加えて途轍もない力持ちで、ここ一番に放たれる攻撃力&破壊力は、さすがはキャプテンでメンバー随一。外見のちょっととっぽいお兄ちゃん…という無邪気そうなあどけなさに謀たばかられると、良い意味でも悪い意味でもエライ目に遭うこと請け合いだったりするから、どうかどうかご用心。

 ………で、何かしらの騒動や悶着に関わっていない平生の彼らは、5人それぞれが好き勝手に過ごして日を送る。航海士のナミや凄腕コックのサンジには、さすがに毎日の仕事があるものの、それにしたって手伝えることは他の面子たちにも分担されていて、その上で基本的には全員が自由に日々を使っている船だ。甲板の一番高みに持ち込まれた大鉢植えのみかんの世話をしたり、部品や小道具を広げて何やら怪しげな装置や装備の研究をしたり、海図を描いたり日誌を書いたり、etc. デッキチェアに寝転んで蔵書を読み耽るもよし、独自の道具で黙々と身体の鍛練に励むのもよし、開いて味醂みりんにつけた魚や土用梅どよううめの天日干しを見張るもよしおいおい、日がな一日昼寝で潰すもよし…という訳で、今日も今日とてそれぞれがそれぞれの昼下がりを過ごしていた。

「おい、ルフィ、
 釣れそうか?」

「ん〜、まだ全然
 アタリが来ねぇんだよな。」

 一番前のデッキの船端で、船長のルフィは竿を掲げて釣りの真っ最中。とはいえ、朝から始めて未だ一匹も釣果がない。まあ…根が呑気な彼のこと、たとえ数日ほども魚信が来なくても気にはしないのかも知れない。飽きるということはあるかも知れないが。…と、

「…お?」

 釣糸の先で何かキラリと光ったような気がした。浮きが揺れて、すす…っと海中へ引き込まれる。

「おっとぉ…。」

 タイミングを合わせて竿を振り上げると、空に煌きの放物線を描いて獲物が宙を舞う。

「なんだ、釣れたのか?」

 サンジがウソップが寄って来る。ルフィはにんまり笑って、

「変な入れ物が釣れた。」

 釣り針に引っ掛かったままのそれを、自分と二人との間でブーラブラと振り子のように揺らして見せる。大きさは大人の拳骨くらいだろうか。蓋と華奢なS字の取っ手がついた、三角の涙のような形のしゃれた金属の容器で、

「なんだ、こりゃ。
 ドレッシング入れか?」

 うんうん、形は似てるよねぇ。

「急須…にしちゃあ、
 豪勢にキラキラしすぎてるしな。」

 その前に…ティーポットやサーバーならともかく、この話の世界に"急須"があるんかい。三人でああでもないこうでもないと取り沙汰している声が耳に入ったのだろう。

「どうしたの?」

 ナミまでがデッキへ上がって来て、これで全員が一つところに集合してしまった。え? もう一人はどうしたかって? さっきから居ますって。ほら、陽射しを浴びて鈍く煌く三連ピアス。ルフィが腰掛けている船端とは反対側の手摺りに凭れる格好で、短髪頭の後ろへ回した両腕を枕代わりに、昼食後からこっちのずっと、ひたすらぐーぐーと眠っているのが、三刀流剣士のロロノア=ゾロ氏。ね? 全員でしょ?(笑) そ〜れはともかく、

「あら。
 これってランプじゃない。」

 ナミはさすがに識っていたらしく、釣り針に引っ掛かったままだったそれを手際よく外すと、細い指先で支えるような持ち方をして、上から下からつくづくと眺め回して見せた。

「ランプ? これがか?」
「な〜んか水差しみてぇだぞ?」

 彼らが見慣れている"ランプ"と言えば、筒状のガラスの火屋ほやで灯芯を覆う型のもの。まるきり違う形のこれを、ランプだと言われてもピンと来ないらしいが、

「砂漠地方の国のには
 こういう形のもあるのよ。
 ほら、ここの口のところに
 灯芯を出して火を灯すの。」

「さっすがナミさん、
 物知りだなぁ♪」

 美人には美しいものが殊更よく映える。一つフレームの中に収まった二つの美しきものへ、食の芸術家はついつい瞳をハート型にして見惚れている次第。…まあ、それはいつものことだから、わざわざ取り沙汰するよなことでもないのだが。

「綺麗ねぇ。
 ここに嵌まっているのって、
 もしかしてちゃんとした宝石だわ。」

 さすがは元盗賊。貴金属への見識も高く、鑑定能力も一線級。本体も金むくの結構立派なお宝なようで、胴に蓋に取っ手にと、緻密な紋様が浮き彫りになっていて、ナミが気づいたようにところどころに宝石が象眼されてもいる手の込みようの、それはそれは美しい逸品だ。

「砂漠地方のランプかぁ。
 ってことは、
 もしかして磨いたら
 魔人が出て来たりしてな。
 願いを叶えて差し上げましょうって。」

 ウソップの言葉にサンジも思い出したように同調し、

「そういうおとぎ話も
 あったよなぁ。」
「"開けゴマ"ってやつか?」

 珍しくもルフィが即答して来たが、

「ばっかねぇ。
 そっちは盗賊の出てくる話でしょ?」

 この二つって違う話でしたっけ? あ、主人公が違うか。

「ずっと海を漂ってたにしては
 状態がきれいだわ。
 やっぱりこれって純金なのよ。」

 有史以前の古代からただ今現代に至るまでのずっと、その地位がほとんど変わることなく金が持て囃され続けて来たのは、希少さや見栄えの綺羅々々しさからだけではない。金は元素段階での安定から最も変化しない物質であり、錆びる風化するといった化学変化を起こさない。アイスクリームやキャビア用のスプーンに純金のものがあるのも、歯にかぶせる冠に使われることがあるのも、食べ物の微妙な味わいというデリケートなものを損ねないようにという理由からで、何も成金趣味から来ている訳ではないので誤解のないように。
幾らなんでも昔の人がそこからの理屈を知っていたとは思えないが、青銅や鉄と違って変化しない性質は早くから知られていて、そこから"魔を寄せつけない"とされ、祭事や式典の道具、副葬品などに重用されたのだ。そのくらい変化しない代物…とはいえ、多少は汚れているのが気になったのだろう。ナミが何げにランプの胴あたりを指の腹で拭ってみた。すると、

「………え?」

 無機物のランプが…中に何も入っていなさそうな軽さだったにもかかわらず、ふるふるっと勝手にその身を揺さぶったのだ。

「な、なにっ?」

 あまりに突然の事であり、さすがに驚いたナミが咄嗟にランプを放り投げる。

「? ど、どうしました?
  ナミさん。」

「何だよ、一体。」

 サンジやウソップはナミの突然の狼狽ぶりの方に驚いて見せたが、

「う、動いたのよっ!
 何だかよく判らないけど…。」

「動いたぁ?」

 当のランプはデッキの床の上に投げ出されて軽い金属音を立てて転げ、金色の胴にキラリンと陽射しを受けつつ弾みかかって、丁度向かい側で昼寝を続けているゾロの傍らで横倒しになったままで止まった。

「中に何か…小魚とかシャコとか
 入ってたんじゃねぇのか?」

「でも、軽かったわ。
 空っぽだった…と思うんだけど。」

 自信がないのか口調は曖昧だが、生き物のように動き出した感触がよほど薄気味悪かったのだろう。この年頃の少女にしては随分と豪胆な彼女が、飛び上がりかねない驚き方をしたそのまま、サンジの背後へ駆け込むように隠れたほど怯えて見せている。

「ナ、ナミさん?」

 スーツの背中にしっかとしがみつかれたサンジは、そんな彼女を単純に"可憐だなぁ"と感じているようだが、他人を楯にするということからして日頃のナミらしくない。例えば…怒り心頭に達して我を忘れかかっている状態にある"ゴジラ"化したルフィや"キングギドラ"化したゾロでさえ、拳ひとつで力いっぱい張り倒せるほどの彼女なのだからおおお 下手な地球防衛軍より頼もしい限りな筈なのだ。そんなナミの様子に気を取られ、ついつい動きが固まったサンジやウソップと違い、

「これがかぁ〜?」

 動いた瞬間を見た訳でなし、だとしても大したことじゃなかろうとでも思ったか、ルフィが実に無造作にランプへと手を伸ばす。

「や、やめなさいって、ルフィっ!」

「そ、そうだぞっ!
 喰いつかれるぞっ!
 咬みつくぞっ!
 やめとけ、ルフィっ!」

 ナミやウソップからの制止の声も届かず、その手がランプに触れようとしかかったその時だ。

「………え?」

 急須で言うなら注ぎ口おいおい、灯火をともす火口から、最初はふわっと、やがてはもくもくと、白い煙が吐き出されて来たものだから、

「ひいいぃぃぃっっ!」

 ナミだけでなくウソップまでもがサンジの背後へ逃げ込んで、ゴーイングメリー号の甲板に時ならぬ緊迫の気配が張り詰める。昼下がりの乾いた潮風まで凍りつきそうな緊張の中、一体何が起ころうとしているのかっっ! …って、約一名、相も変わらず安らかに午睡中ですが。

「な、なんだ、こりゃあっ。」

 吹き抜ける潮風に負けることなく、そのまま甲板を覆うかと思えたほどの勢いと濃度で立ち込めた白煙は、さしものルフィでさえ少しばかりたじろいでしまうような様相を見せたが、目や喉に刺激を与えるでなし、どうやら雲か霞のような無害なものであるらしい。(こういう"煙"といえば、相性最悪な大佐がいたねぇ。ケムリンだっけ?)ほんの一時ほども皆の視界を奪っただろうか、やがて少しずつ風に流されて晴れてゆき、互いの顔が見通せるようになったその時だ。

 《私を起こした
  ご主人様はどちらかな?》




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