Wisteria

□第三話
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「雨月、君はお通ちゃんと一緒にここに連れて来られたんだけど、覚えてるかい?」
「ええ、助けようとして、してやられました」

山崎は、悔しそうに顔を歪めた。

「真選組もね、してやられたんだ」

それは数時間前のこと。
真選組に付き纏う物騒なイメージを払拭するためだとお通に武装解除を命じられた真選組は、『語尾になにかカワイイ言葉を付ける(お通語)こと これを犯した者 切腹』と局中法度まで改変されてしまう。

「実際テロが起きたらどうすんでしょう。刀を持ってねえの煮えたぎった湯を浴びて死ね土方」
「もう俺の知ったこっちゃねえムーミン、沖田殺せ」
「死ね土方」
「死ね沖田」
「死ね沖田…あ、間違えた。土方」

土方と沖田の間ではお通語はただの罵声を浴びせる言葉と化し、可愛さのカケラもない。午前中のパレードが終わり、お昼休憩に入るとお通を中心に労りの言葉が飛び交った。雨月は、隊士達にお弁当を配布し、残ったお弁当の個数を数える。

「沖田さん、唐揚げと鮭、どちらがいいですか?」
「…」
「沖田さん」
「………」
「おい、総悟。返事ぐらいしろ」
「いいですよ、土方さんはどうしますか?」
「…俺は余ったの食うから。それより、アイドルの分はどうした?」
「あぁ、それなら…」

近藤がお通に飲み物を渡していた。近藤とお通は至極真面目な話をしていたが、お通語のせいで全く内容が頭に入ってこない。

「お通ちゃん…アンタ、いい女だっふんだ」
「あー、今ので『だっふんだ』二回言ったよね?次言ったら切腹だかラクダのこぶ〜」
「あ、お通ちゃんもそれ、二回言ったゾウさんの鼻」
「えー、じゃあ今の無し!内緒ね?二人だけの秘密ネズミの尻尾!」

楽しそうに笑い合う二人に腹を立てる土方と沖田。すると、お通に鼻の舌を伸ばしていた近藤が突然、悲鳴を上げた。

「まこっちゃんが!まこっちゃんの中にもう一人のまこっちゃんが!」

お通考案のマスコットキャラクター『誠ちゃん』は上半身は人間、下半身は馬とケンタウルスのような姿をしており、背中に女の子の死体を背負っていた。それが今は、下半身の馬の体から人間の腕が伸びている。

「あれ?さっきまでの上半身は?」

上半身は、近くの居酒屋で飲んだくれていた。土方が叱咤しに行くと、お通が誠ちゃんを呼ぶ。

「寺子屋の集団下校!チャンスだよ、子供は純粋だからイメージを植え付けやすい。しかも、親の耳に入ればあっという間に評判が上がる!子供といえば、可愛いものが大好き。誠ちゃんの出番よ!」
「待て!お前、ソイツがどれだけ重い過去を背負ってるか分かってんのか!」

しかし、上半身役の男は足からではなく、頭から着ぐるみの中に入ってしまい、ケンタウルスの上半身は人間の足になってしまった。化け物と化した誠ちゃんはそのまま子供達の元へ向かう。

「あああ!危ない!前!そのまま前!あ、ヤバい。死体落ちた」
「いい!死体はそのままでいい!置いてけ、余計怖くなるだけだから!」

だが、死体役は土方の言葉を無視して走り出した。

「死体はいいって言ってんだろがあああ!」

こうして、下半身お化けのケンタウルスと空飛ぶ死体によって子供達を恐怖のどん底へと突き落とし、真選組の評判をも下げた。

「オイ、何してんだ。てめえら…」

その『誠ちゃん』の正体が『万事屋』だと分かると、真選組は殴る・蹴るの暴力を振るう。

「なんかおかしいと思ったらやっぱりてめえらか!何してんだゴラァ!」
「あ、違うんです!僕らはお通ちゃんに!」
「うるせぇ!人の邪魔ばかりしやがって!何が目的だ!」
「いや、ホント僕ら、お通ちゃんにー!」

その時、うどん屋のゴミ箱がガシャンと音を立てて倒れた。不思議に思った雨月は、ふと路地を覗く。そこには、お通を拘束する二人の男がいた。

「アイドルに手を出すとはいい度胸してますね」

瞬間、地面に倒れる一人の男。そして、お通の口を塞ぎ、体の自由を奪っていた男を捻じ伏せると、雨月は、腰を抜かしたお通に声を掛ける。

「大丈夫ですか?」
「は、はい…」
「全く、大胆にも程がありますよ。警察の目の前で何してるんですか」
「黙れ、幕府の犬…ぐ、ぁあっ」

雨月は、捻じ伏せた男の首を腕で絞めて意識を奪うと、お通に手を差し伸べる。

「怪我はありませんか?」
「はい、大丈…ッ、雨月さん!」

振り返った雨月の頭に酒瓶を振り下ろされる。ガシャンとガラスの破片が飛び散り、雨月は頭から血を流す。

「流石、幕府の犬。鼻が利くな」

そこには三人目の男の姿があった。



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