LONG STORY

□戌
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シャープペンの芯が切れ、購買部へと足を運ぶ。
どこに置いてるのかな…と、店内を見回して、文房具が並ぶ棚へ移動する。細くて狭い通路を進めば、そこには先客が居て、私はどうしようかと立ち止まる。

「あ、もしかして、ここを通りたいの?」
「はい」
「ごめんね、今退くから」
「すみません…」

男子生徒の後ろを通り抜け、私はシャー芯を手に取る。

「腕の怪我、治ったんだね」
「え?あ、はい……おかげさまで?」

頭に、はてなマークを浮かべながら答える。私、この人と知り合いだったっけ?
そう思ってその人の顔を確認すると、「あぁ、ごめん!」と慌てて手を振って「違うんだ!」と否定した。

「骨折したって聞いてたから!なのにギプスが取れてて…!今の俺、超怪しい人だったよね!?」
「はあ…」
「俺、野球部なんだよ。御幸や倉持と同じ2年の、川上憲史って言うんだ」

また、野球部だった。どんどん野球部の知り合いが増えていく。
私は「はじめまして」と挨拶を交わす。

「雨月です」
「うん、知ってるよ。倉持と同中なんだってね」
「そうですよ。でも、元ヤンじゃないですから」
「それも知ってる」

「君は有名人だから」と先輩は言った。
有名人って、普通、TVに出てる人を指すんじゃないのか。私は苦笑いを浮かべ、野球部にも有名人はたくさんいるだろうと返す。

「友達が言ってました。野球部はすごいんだって。何がどうすごいかって説明されても私は詳しくないので、全然分からないんですけど」
「…野球部はすごい、か」

先輩の表情に影がかかる。その瞬間、地雷だと悟る。

「ところで、先輩は何をお探しなんですか?」
「え?あぁ…ペンをね。インクが無くなっちゃったから、書きやすいのを探してるんだけど」
「黒のボールペンですか?」
「そうだよ。何か、オススメのがあるの?」
「しっかりとした文字を書く場合は、こっちの事務系のペンがオススメですよ。油分が多く、インクがよく伸びるんです。ボールの滑りも良くて、文字を書くのが楽しくなります。…ただ、インクが乾くのが遅くて、指で擦ったりすると紙が汚れてしまう可能性があります」
「じゃあ、こっちは?」
「そちらも同じタイプです。ペン先が細長いのでシャープペンのような書き心地なんですが…ボールからインクが漏れしたり、逆にインクが詰まって先端のボールが動かなくなったりするんです」
「へぇー…!」
「こちらは水性ペンかと思うくらい、滑らかにすらすらと文字が書けますよ。インクが紙に馴染むので乾きやすく、滲むこともないんです。これがすっごく書きやすくてオススメなんです!…でも、他と比べて若干、デザインがダサいのと、グリップが硬いから指が痛くなるのが欠点で…」

先輩は、三本を見比べて「うーん…」と唸った。そして、私を見てにこっと笑う。先輩が手に取ったのは、三本目のボールペンだった。

「それにするんですか?テスターで確認出来ないペンだし…先輩に合うかどうか分かりませんよ?」
「でも、これが雨月さんのオススメなんでしょ?」
「…そうですけど、でも」
「大丈夫!俺、雨月さんのこと、信じてるから!」

そう言って先輩は、ニッと白い歯を見せて笑い、会計へと向かっていった。
私はシャープペンの芯を握り締めてその場に固まる。頭の中で繰り返されるのは、先輩の最後の言葉だ。初対面の、それも知り合って間もない相手をそんな簡単に信じられるものだろうか。
あのペンは私にとって書きやすいだけで、先輩にはそれが本当に書きやすいかは分からないのに。何を根拠に信じるだなんて…。

私は、先輩の地雷を避けた最低な人間なのに。



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