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□御都合主義2
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任務の報告を終えて廊下に出たナターシャは、そこに広がる異様なまでに甘く濃密な香りに顔を顰めた。フロア全体は靄に包まれており、まさか敵の襲撃かと拳銃に手を掛ける。だが、その考えは間違っていた。原因はすぐに見つかった。黒い平服を身に纏った黒髪の男が一人、きょろきょろと辺りを見回しながら廊下を歩いていたのだ。その右手には匂いの発生源がもわもわと煙を上げている。

「ちょっと、理央!」

その男の名前を呼べば、切り揃っていない黒髪がくるりと振り向き、大きな黒目がナターシャを捉える。目を丸くして驚く理央に近付けば近付く程、甘ったるい香りを漂わせる紫煙の匂いはどんどん濃くなり、よく見れば彼は火の点いた煙草を三本も所持していた。

「信じられない!ヘビースモーカーも大概にしてちょうだい」

口に咥えた煙草を奪い取り、左手に持った煙草も取り上げようとすると避けられた。代わりに右手の煙草を掻っ攫い、廊下と靴底を擦り合わせて火を揉み消す。そんなナターシャを見て固まる理央の視線が大きく開かれた自身の胸元に注がれていることに気付き、ナターシャは「Hi!」と彼の目の前で指を鳴らす。

「どこ見てるのよ」
「え?あ…、違う違う!誤解だ!」
「よく言うわ。ガン見してたじゃない」
「あー、いや、まあ、そうなんだけどそうじゃなくて…」
「何?どうかしたの?」

口が悪いから物事をはっきり言えるのか、それとも物事をはっきり言えるから口が悪いのか。どちらにせよ、理央は無遠慮な礼儀知らずであった。聖職者だと言うのに平気で汚い言葉を使い、その都度口酸っぱく注意するスティーブに中指を立てて挑発する。規則に従わず、命令を無視して自由気ままに行動する異端者が目を逸らし、もごもごと言い淀むのは非常に珍しかった。理央は一服入れながら慎重に言葉を選び、ナターシャの問い掛けに答える。

「その、なんつーか…。アンタ、肩、凝らねえ?」
「最っ低」
「は?…あっ!おい、違うって言ってんだろ!」
「じゃあ、何だって言うの。簡潔に説明しなさい」
「出たよ、アンタらはすぐ『それ』だ」

彼は鬱陶しそうに顔を歪め、ナターシャが揉み消した煙草の吸い殻を回収する。

「説明したって真っ向から否定するくせに何が『簡潔に説明しろ』だ。てめえが見えねーからって平気で人を異常者扱いする連中に通じる言葉があると思ってんのか」
「また、そんな事言って…」

ナターシャは「貴方だって似たようなものじゃない」と腰に手を当てて呆れた顔で理央を見下ろす。理央は幼い頃から『人ならざるモノ』が見え、見えない者達から迫害を受けていた。ここに来る前も悪魔払いと称して人を殺し、有名な精神病院に入院していたという。"生きた人間"が嫌いで、特に自身を精神病患者として扱う人を目の敵にしている。聖職者らしからぬ言動を取るのはその為だろうとフューリーは説明していたが、それにしたって彼の好戦的な態度はあまりにも目に余る。

「貴方がそうやって邪険にするからトニーだって…」
「あのさ」

理央はすくりと立ち上がった。

「言っとくけど、アンタもだから」



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