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□御都合主義 in Gotham City
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アルフレッドは言った。
「彼を刑務所に入れることは出来ないだろう」と。しかし、バットマンことブルース・ウェインはその男を野放しにする訳にはいかないと拘束の手を強めた。腹這いになって地面に伏せる男は逃げ出そうともがくが、背中に跨がるブルースの重みに負け、唯一自由の利く口でぎゃんぎゃんと吠える。

「痛いっつってんだろーが、このファッキン蝙蝠!何なんだよ、さっきから!いい加減にしろよ!」
「仮にも聖職者を名乗るなら言葉遣いに気を付けたらどうだ」
「アンタこそ、大人ならそのくそダセェ格好でヒーローごっこするのは辞めたらどうだ?」
「全く、口の減らない奴だな」

ブルースは瞬時に男の細首に腕を回し、両腕を使って喉元を締め上げる。頭のイカれた人間を相手にするのには慣れていた。ゴッサム・シティでは兎角珍しくもなかった。故に、『悪魔祓い』と称してミサに参加していた礼拝者、修道女、神父を次々と銃で撃ち殺し、辺り一面を血の海に染めた殺人鬼の戯言など聞くまでもない。グッと力を込めると、男は「ギブ、ギブ!」と腕をタップした。

「いいか、五体満足でいたければ俺に逆らうな。逆らえば右腕を折る」
「何で俺が病原菌まみれの、っ…!」

鈍い音と共に男の体がびくりと跳ねた。

「汚い言葉を使うな。次は左腕を折るぞ」
「…Yes,sir」

そう言って、ぐったりと静かに脱力する男に不信感を抱いたブルースは、自前の手錠を掛けてからその体を抱き起こした。さらりと流れた黒髪は切り揃っておらずファッションと言うにはあまりに不恰好で、黒の祭服は返り血と砂埃で薄汚れていた。地面と接していた右頬は擦れて血が滲み、硬く目を閉じ、額に脂汗を滲ませて痛みに耐える様子から、この男の言動はさて置き、『普通の人間』なのだと心の何処かで安堵した。

「ブルース様…」

バットマスクに内蔵されたカメラから映像を受信し、ウェイン邸の地下深くにある秘密基地で一部始終をモニタリングしていた執事のアルフレッドは、肘掛け椅子に座り直しながら主人に問う。

「その方はどうするおつもりですか」
「勿論、ゴードンに引き渡すさ。こいつが人を撃ち殺したのは紛れもない事実だからな」
「ですが、ブルース様。きっとその方は…」
「ああ、分かってる」

アルフレッドが言わずとも男の行く末はブルースにも予想が出来ていた。自分は何者で、この教会で何があったのか。ブルースの問い掛けに答えた時のように、本人は嘘偽りなく、至って真面目に『真実』を語ることだろう。だが、当然、男の話が聞き入れられることはない。

愛する者を蘇らせようと悪魔と血の契約を交わした女の話など…。

ブルースは少し悩み、ユーティリティベルトから一つのバットラングを取り出した。

「これはお前への詫びの印だ。きっと役に立つ。…まぁ、保証はしないがな」
「はッ、なに…、!?」

ビリリと引き裂かれる祭服。突然の事に動揺した男は右腕を庇いながら身を捩る。ブルースは服を引っ張り、はだけた左胸に赤く変色したバットラングを押し当てた。瞬間、立ち昇る蒸気は男の断末魔によってぐにゃりと歪み、人間の肉を焼く独特な匂いが鼻につく。折れた右腕のことなど忘れて暴れる男を力でねじ伏せ、刺青の入った体に蝙蝠の焼印を施す。

「ぁ、…う、ぅ」

男は力無く地面に倒れた。ぷるぷると震える体を丸め、浅い呼吸を繰り返す。濡れた睫毛の隙間から薄っすらと覗く黒目は、眼光だけでブルースを殺さんとしていた。

「…それだけ元気なら大丈夫だな」

ブルースは背中に流れる汗を誤魔化すようにケープを翻してその場を去った。それから数分もしないうちに警察のサイレンの音が闇夜に響き、ゴッサムの治安を守る赤と青の光が砕け散ったステンドグラスを明るく照らす。男がパトカーに乗せられるのを屋根の上の十字架に立って見下ろしていたブルースは、同じ光景を見ているであろうアルフレッドを呼んだ。

「何でしょう、ブルース様」
「戻ったら録画した映像を見たい。準備しておいてくれ」
「畏まりました。何か気になることでも?」
「…あぁ」

それはブルースがステンドグラスを突き破って教会に侵入した時のこと。今、自身が立つ十字架の上に濡れ羽色の立派な翼を持つ男を見た気がしたのだ。あの男の話を信じるつもりは更々ないが、この世界にはスーパーマンが存在する。

「写っているといいんだがな」


NEXT…?
 

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