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□料理工程
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第1話 劇後

芝浦署裏手にある物件を分駐所として借り上げた第4機捜の面々は、引越しの片付けを中断して定番メニューとなりつつある昼食の機捜うどんを食べていた。すると、「失礼しまーす」と雨月が遠慮がちに入口のドアから顔を覗かせた。キッチンに立っていた志摩と陣馬はその姿を捉え、啜っていたうどんを噛み千切って食事を中断する。カウンターに座る九重は口に含んだうどんを咀嚼しながら、同じく伊吹はうどんを啜りながら振り向いた。

「ふぁれー?んぐ、もぐもぐ…。雨月ちゃんじゃん、どったのー?」
「さーせん、食事中っスか?」
「んむ」

お皿を抱え、訪問者を出迎えずに食事を続ける伊吹を雨月はからりと笑った。声掛けたなら動けよという顔をした志摩が代わりに迎え入れる。

「どうしたんですか?」
「先日志摩さん達が捕まえた男いるじゃないっスか。防カメやドラレコの映像を証拠として提出するんスけどー…」

雨月はA4サイズの封筒からクリップで挟んだ何十枚もの静止画を取り出して志摩に見せる。伊吹はお皿を抱えたまま雨月の隣に立った。

「ここに写ってる車、全部、"天ぷら"なんスよ。で、容疑者が使ってたナンバーを知ってる範囲で構わないんで選別して欲しいんス」
「何で俺達が?」
「よく分かんねースけど、共通認識とか証拠の信憑性を高める為っスかね?他の隊員から聞いた情報と擦り合わせて録画データまとめるらしいっス」
「俺達が知ってるナンバーって報告に上げたヤツだけじゃん。安本が持ってたプレートから割り出せば良くない?」
「そっちはそっちで調べてるんで、多分最後に篩に掛けるんじゃないっスか?皆、映像の見過ぎで言葉通り『血眼』っス」

何せ量が量だからと雨月は封筒に写真を戻す。その中にクリップで閉じられた束が3つほど入っているのを志摩は見た。幻滅してか、薄っすらと目を細める彼に「これでも絞り込んだ後なんスよ?」と封筒を手渡した。

「ところで、雨月ちゃんはお昼食べたの?」
「これからっス。戻る時にコンビニ寄ろうと思って」
「おっ、じゃあ食ってくか?機捜うどん。いっぱい茹でたからまだ余ってるぞ」
「えっ、良いんスか!」

きらきらと目を輝かせて食い気味に尋ねる雨月を陣馬と伊吹は大笑し、もう一人分の食事を拵える為、二人は並んでキッチンに立った。

「そういえば、車がお釈迦になるカーチェイス映像、観たっス」
「…あぁ」
「鬼かっこよかったっス。かっこよすぎて沸きました」
「何処がです。あんな危険な運転して、車を廃車にして…最低ですよ」

言い聞かせるように自身の非を認める志摩だが、それが間違った判断だったとは思っていないようでキッチンに立つ伊吹を見つめていた。事件後、『誰かが最悪の事態になる前に止められるいい仕事』という彼の言葉を思い出していた。しかし、志摩の表情を正確に読み取れず言葉通りに受け取った雨月は、いじけて唇を尖らせる。

「車なんて買い替えれば済む話じゃないっスか。命が助かったから賢明な判断は批判されるんスよ。人が死んでたらそれこそ何故止めなかったんだって責められるんス。平気でそういう手のひらを返した事を口にする人は信用ならないっスよ。桔梗隊長に何言われたか知らないっスけど、あの人はそんな無責任な発言しないんで大体は愚痴っス。否定的な意見は右から左に聞き流せばいいんスよ」

そう早口で捲し立てるとそっぽを向く雨月。急に不機嫌になった彼の胸中を察して志摩は無言でやり過ごした。それから伊吹が「準備出来たよー」と雨月の名前を呼んだのでその顔にはすぐ笑顔が戻った。

「お待ちどうさま!たーんと食えよ!」
「あざーっす!俺、久し振りに他人の手料理食うっス!」

そう云って、飾り気のない只のうどんに歓声を上げた雨月は、行儀良く手を合わせて食事を始めた。

「手料理って!うどん茹でただけじゃん!」
「普段、何を食べてるんだ?」
「普段っスか?自分で野菜炒めたり肉焼いたりして食ってるっス」
「自炊するのにこれを手料理というのか…」
「うどんを茹でるって料理工程っスよね?」

「違うんスか?」と雨月が隣に座る九重に話を振ると、まさか自分に声が掛かると思っていなかったようで少し悩んでから彼の意見に賛同する。

「茹でる、煮る、炒めるという工程は料理の基本です」
「うわ、若者が結束した!」
「お前ら、ゆとり世代か」
「あー!そういうこと言うんスね!だから昭和世代は嫌われるんスよ」
「「「えっ…」」」

昭和生まれの三人は言葉を失う。九重は密かに緩む口元を覆い隠した。


END

(注)天ぷら:偽造ナンバー車両
 

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