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□入用があれば
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第4話 劇中

雨月は機捜本部の会議室をリズミカルにノックした。「どうぞ」という桔梗の声と被るようにして扉を開け、「しゃーっす。お疲れ様でーす」と出前配達員のような軽い挨拶で入室する。

「雨月、あなたねぇ」
「あー…、さーせんした。もっかいやり直します」
「いいわよ、後ろが詰まってるから早く入りなさい」

雨月がバックしたことにより後ろにいた糸巻までも外に追いやられ、桔梗は頭を抱えて溜息を吐く。

「やっぱ暗いっスね」
「…それで?どうしたの?」
「鑑識から青池のスマホデータを貰って、これを」

糸巻は、雨月と共に解析結果を配る。その資料は青池透子が生前に使用していたSNSの履歴であり、ホーム画面にはシンプルなうさぎのアイコンと『わたしさん』というアカウント名が表示されている。

「つぶったー?青池の?」
「はい。一枚目が今日の分で、その下に過去の呟きから関係ありそうなものをピックアップしました」
「直接的な言葉は伏せられてるんスけど、簡単な隠語なんですらすら読めると思うっス。あと青池のアカウントは鍵垢じゃないんでつぶったーからID検索すれば過去の呟きは全て読めるっス」

雨月は自分のスマホを取り出してつぶったーのホーム画面を見せる。

「以上です」
「入用があれば俺までどーぞ」
「ありがとう、また何か分かったら教えて。雨月も」
「うっす」
「上司に気を遣うんじゃないわよ」
「……っす」

畏縮する雨月の肩を糸巻がぽんぽんと叩いて励ます。彼の喋り方や態度には問題があるが、雨月は基本的に志摩に似て礼儀正しい。冒頭のふざけた行動は、捜査に当たった第4機捜と桔梗自身に気を遣ったのだと分かっている為、彼女はそれ以上強く言うことはなかった。



「雨月さん、ちょっといいですか」

暫くして、分室に戻った雨月の元に九重が訪ねてきた。雨月は最初、漠然とどうしたのだろうかと考えた。しかし、九重が手に持つA4用紙を見て納得した。

「意外っス。九重さんが来るとは思わなかった」
「誰が来ると思っていたんです」
「情弱な昭和組」
「そうですか」

九重は青池の呟きを正確に読むことが出来なかった。相棒の陣馬や志摩達に教えを請うなり、ネットで調べるなりすれば席を離れる必要はなかっただろうに。わざわざ雨月を訪ねにやってきた理由は、彼のプライドのせいか。それとも雨月の言葉に素直に従っただけなのか。雨月も九重の性格をよく知っている訳ではないので勝手なイメージでしかないが、プライドが高そうだという印象を持っていた。

「…?ネット用語は業界人に聞くのが一番かと」
「あー、ね?」

思いの外、正論が返ってきて雨月はへらりと笑って頬をかく。

「………って読むっス。後は大丈夫っスよね?」
「はい」

雨月は意味や解説を省いて単語の読み方だけを教えた。読み方さえ分かれば何ら難しいことはない。九重はあっという間に呟きの内容を理解した。青池の呟きは手記だ。リアルタイムで投稿された人生の悲哀を感じる、切実な願い。それは結果として彼女の最期の言葉となった。

「それにしても、青池は誰を助けたんスかねぇ…」
「え?」
「最期の呟きのひとつ、『弱くてちっぽけな小さな女の子』『私が助ける』って。青池には子どもがいたんスか?」
「…妊娠の報告はなかったと思いますが」
「ふーん?まぁ、なんでもいいっスけどね〜」

疑問を投げかけた当の本人はすっかり興味を失って椅子に凭れかかる。ところが九重はその謎が気になって、分駐所に戻った後もずっと頭を悩ませていた。まさかその答えが消えた一億円の行方を明らかにするとは、誰も想像していなかった。


END
 

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