女子高生探偵

□Text.02
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いつもの場所で猫に癒されている時だった。
夕方なのに日が高いからまだ暖かいなぁ、と思っていたら一瞬にして日が沈んだ。猫を挟んで私と向かい合うように立ち止まったスニーカーは小さく、顔を上げるとランドセルを背負った小学生が立っていた。

「お姉さん、この辺の人だったんだ」

逆光で少年の顔はよく見えなかった。彼の言葉に違和感を覚えながら頷くと、少年は膝を折ってしゃがみ、猫の頭を撫でた。餌を食べ終えた猫は気持ち良さそうに目を細めている。

「野良猫に餌をあげるの、やめた方がいいよ」
「大丈夫だよ。この子は野良猫じゃないから」

空になった缶詰をビニール袋に入れてスクールバッグに仕舞う。遊び心に火が着いた猫はもっと構えと少年の服に爪を立ててその腕に戯れ付いた。人様の子に怪我でもされたら大変だと思い、その行為をやめさせると少年は猫から離れた。

「杯戸小?」

何となく、質問すると少年は首を横に振った。

「帝丹小だよ」
「帝丹…あぁ、校庭が広いトコの…」

その時、辺り一帯に17時を知らせる鐘の音が鳴り響いた。
猫はすくっと立ち上がると私達を気にも留めず、軽快に走り去っていく。

「門限があるみたいでね、鐘の音を聞くといつも何処かに行っちゃうんだ」

少年は「賢い猫なんだね」と笑った。

「僕、江戸川コナン。お姉さんは女子高生探偵の雨月理央さんだよね?」

確信めいた問い掛けに納得する。彼は、探偵としての私を知っていたのだ。だとすれば最初の言葉も肯ける。知名度は低いと思っていたが着実に浸透しているらしい。

「素敵な名前だね」
「ありがとう!僕も気に入ってるんだ」

にっこりと笑うコナン君。

「コナンくん…って呼んでもいいかな?お家はどこなの?」
「僕の家?あっちの…」
「じゃあ、途中まで送るよ」

まだ明るいとはいえ、小学生を狙った事件・事故は少なくはない。ここで出会ったのも何かの縁だと私は鞄を肩にかけ直す。

「そんな、悪いよ」
「うん?正規の通学路を歩いて帰るだけだよ」
「でも…」

眼鏡の奥の瞳が困惑の色に染まっている。私は警戒心を強めた彼に関心を持った。厚かましくも善意から送ろうと思ったのだが、知り合って間もない赤の他人に家の場所を教えるのは危険なことだと彼は知っているのだろう。

「あー…、じゃあここでサヨナラに」
「お姉さん、危ないよ」

くいと袖を引っ張られ、そのまま一歩踏み出すと背中に風を感じた。驚いて振り返ると自転車が走り去るのが見えて…。コナン君は私を見上げて「大丈夫?」と心配そうに声を掛けた。

「ごめん、びっくりしちゃって…。ありがとう」
「この時間帯は交通量多いから気を付けて」
「………うん」
「じゃあ、帰ろっか」
「え?」
「お姉さん、なんだか危なっかしくて心配だし。途中までなら、まぁ…」

可笑しいな。私が送ると言ったはずなのに。
小学生に心配される高校生の図が出来上がっていた。



「教授とホームズが初めて会った時の台詞があるでしょ?」
「うん」
「僕、ホームズの台詞の中で一番それが好きなんだ!」

コナン君は、自身の名前に負けず劣らずシャーロキアンだった。私もホームズの事は好きだが、キャラクターでいうとモリアーティ教授の方が好きだし、ホームズに振り回されているワトソンも可愛くて好きだ。多分、これが男と女の見解の差なんだろう。

「あ、お姉さん」

隣を歩いていたコナン君がぴたりと立ち止まる。

「ここまでで大丈夫だよ」
「あ、そう?じゃあ、気を付けて帰ってね」
「うー…ん、というか、ここが僕の家」
「…え?」
「家の事情でここでお世話になってるんだ」

彼が立ち止まった場所は喫茶店『ポワロ』の前。しかし、彼の指はその隣の階段を指差していた。上を見上げ、窓ガラスに貼られた文字を見て私は言葉を失った。

「お姉さん…」

そうだったのか。彼の反応は全てを物語っていた。
コナン君は人懐こい笑顔を私に向けた。

「送ってくれてありがとう!」
「ううん、こちらこそ。気を遣ってくれてありがとう」
「あはは…じゃあね、お姉さん」

そう言って階段を駆け上がったコナン君は、振り返る事なく建物の中に消えた。

『毛利探偵事務所』

昨日の今日で会うなんて。
なんとまあ、狭い世の中なんでしょう。


end
 

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