女子高生探偵

□FILE.33
1ページ/18ページ


時刻は17:48。
東の空はすっかり夜色に染まり、何十羽ものカラスの群れがねぐらを目指して飛んでゆく。普段であれば自宅付近で目にする光景だが、今日は公園のベンチからそれを仰ぎ見ていた。

何故か。

事の発端は約一時間ほど前。
授業も終わり、残すはHRだけと各人暇を持て余している時だった。キンコンカン…と突如前触れもなく鳴り響く校内放送の知らせに教室や廊下からは生活音が消えていく。席を離れていた私も他の生徒同様、口を噤み、続く放送に耳を傾けた。

<2年A組の雨月理央さん!2年A組の雨月理央さん!大至急、職員室に来てください
‼>

スピーカーから流れる教員の言葉は早口で、ひどく慌てている様子だった。何事かとざわつく同級生に対し、全く心当たりのない私は小さく肩を竦めてみせた。

<繰り返します、2年A組の…あっ、ちょっと‼>

耳をつんざくような、金切り声にも似たハウリングに、多くの生徒は悲鳴を上げて耳を塞いだ。だが、衝撃的な"音"はそれだけではなかった。

<聞こえとるか、雨月!オレや!>
<こら、君、やめないか!マイクを返しなさい!>
<じゃかあしいわ!センコーは大人しゅうしとけ‼>
<こいつ…!やっぱり警察を呼ぶ!校長先生ぇー‼>
<わー、すまんて!堪忍な、オレは雨月に会いとーて来ただけなんや!聞いてんのやろ、雨月!頼む、見捨てんと助けてくれ!実はな…>
<コラーッ!何をやっとるんじゃ、君は!>

校長と思しき人物の怒号が響く。ブツンと音響機器の電源が落とされ、思わぬ形で放送が終わる。しんと静まり返る校舎。只々茫然と立ち尽くす私。そして、その様子を見つめる生徒達の物言わぬ好奇な視線…

「………あぁ、もう。本当に」

難波のトラブルメーカーめ。

「そないため息吐いとると幸せが逃げてまうぞ?」

頭を抱えて嘆いていると頭上から声が降り注ぐ。他人事のような台詞にかちんと来て、お前がそれを言うのかと恨めしく思う。腰の曲がった体を起こしてゆっくりと首をもたげれば、声の主…基、騒ぎを起こした張本人、服部平次は不思議そうに小首を傾げて立っていた。

「…それ、もしかして当たったんですか?」
「コレか?そんなわけ。買うたんや」

両手に持つ缶コーヒーを指差すと、服部は楽しそうに笑って「ほれ、雨月の分」と一方を差し出した。「なんだ、てっきり人から吸い上げ奪った"幸せ"の賜物かと」…しかし、受け取ったそれはコーヒーではなくココアだった。隣に腰を下ろした彼はプルタブに指を引っかけて缶の口を開けた。

「何見とんねん」
「あ、いや…コーヒーだなと思って」
「なんや、こっちが良かったんなら交換しよか?開けてもうたけど」
「そうじゃなくて。同じので良かったのにって思っただけです」
「そないゆうても雨月、ブラック飲めなさそうやんか」
「失礼な。飲めますよ」
「ホンマか?前にむっちゃデカいパフェ食べとったから甘党なんやと」
「あれは…、……」

ジト目のコナン君が脳裏に浮かび、私は『食事』というワードを飲み込んだ。

「ところで、何しに来たんですか?」

わざわざ東京に出向き、あんな馬鹿なことをしてまで私に会いたかった理由とは一体何なのか。話題を逸らし本題を切り出すと、服部はよくぞ聞いてくれましたと声高らかに語り始める。

山奥でペンションを経営するオーナーが熱狂的なホームズファンで、有志イベント『シャーロック・ホームズ・フリーク歓迎ツアー』を不定期開催しているという。そのイベントツアーでは、クイズに正解するとアーサー・コナン・ドイル著書『緋色の研究』の初版本が手に入ると謳われており、ファンの間で噂になるとたちまち応募が殺到する人気イベントとなった。
もとより参加者は抽選で選ばれるらしく、見事当選を果たした服部は、明日行われるそのツアーに参加するのだそうだ。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ