LONG STORY
□愛は屋烏に及ばず
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ぼーっとする頭で私は考える。ここはどこだと。
太陽の光が差し込む部屋のベッドで私は横たわっていた。
「目が覚めたか?」
トレーを片手に、杖をついて歩く金髪の男。
私はベッドから飛び出して男の手からトレーを奪い取った。
「わざわざ運んで来なくていいって何度も言ってるじゃん!」
「良いだろ、別に。私がしたくてしてるんだから」
「おじさんのベッドを汚したくないの。ほら、戻るよ」
おじさんが入ってきたドアを通り抜け、ダイニングのテーブルにトレーを置く。おじさんは寝室のドアを閉め、コツン…コツン…と杖をつく。私は席に着いて、「イタダキマス」と両手を合わせた。
「理央、無理してないか?」
「んー…?」
「つらくないか?」
「平気だよ。だっておじさんが居てくれるから。…?」
口に含んだホワイトシチューは、何の味もしなかった。
「おじさん、味付けし忘れた?これ、全然味がしな…!?」
おじさんの方を向くと、寝室のドアに巨人が挟まっていた。ぎょろりとした目は上を向き、口の中からおじさんの上半身がはみ出していた。
「ッ!?」
ガタンと席を立ち上がった私の手が急に重くなる。私の手には錆び付いた鉈が握られていた。スプーンを持っていた筈なのに。テーブルの上のお皿からは真っ赤な液体が溢れ出し、床に広がった赤の中を、巨人に食い散らかされた両親がぷかぷかと浮いていた。
「ひ、ぃ…!」
「…理央、…理央」
「お…おじさ…」
おじさんが私の名前を呼ぶ。
両手で鉈を持ってもそれを引きずる事は出来ず、それを手放す事も出来なかった。おじさんはゆっくりと口を動かした。
「お前は【悪魔】だ」
*
「…ッ!!」
見開いた視界に木製のすのこが映り込む。
バクバクと胸を打ち付ける心臓は、私の息を乱れさせた。カーテンの隙間から太陽の光が差し込む。私は上半身を起こし、寝起きの頭を働かせた。
ベッドから見えたその部屋は、とても汚かった。脱ぎ捨てられた制服やゴミが散乱し、至る所にお酒の瓶が転がっていた。
「……ぅ、ん…」
もぞもぞと毛布が動く。それだけで、私の記憶は鮮明に蘇った。
ごろんと寝返りを打った毛布から覗く綺麗な寝顔は、日の光に照らされて輝いていた。天使のようなその寝顔を十二分に堪能し、私は彼女を揺すり起こす。
「…アニ」
「ん……何?」
「私、戻らないと…」
「…もう、いいの?」
「仕方ないよ、仕事だからね」
私は枕代わりにしていたジャケットを羽織り、二人で静かに部屋を抜ける。
アニは眠たそうに欠伸を零した。部屋着に身を包み、髪を下ろしている姿は新鮮だった。
「ベッド、ありがとう。迷惑かけてごめんね…」
「そう思うんなら、事情ぐらい話してくれない?」
「あー…一言で言うと、上司と喧嘩した」
「…あんた、そんなことで泣いたわけ?」
「いや、まぁ、そういうけどね?アニを見たら涙腺が崩壊しちゃって」
「結局、人のせいにする…。こっちはあんたに泣き付かれて堪ったもんじゃないんだよ。今日中に私が女を連れ込んだって噂が広がるんだからね」
「…事実じゃん」
「次、ふざけた事言ってみな。その首へし折るよ」
「冗談だよ。…アニ、本当にごめん」
「…構わないよ。あんたが気にしても、"ここ"じゃどうにもならないんだから」
アニと別れ、私は調査兵団の本部へと戻る。
早い時間なだけあって、街には人っ子ひとりいない。
『お前は【悪魔】だ』
ハッとして振り返る。風が吹き、砂埃が舞った。
「…今更、気付いても遅いよ。おじさん」
そう静かに語りかけるも、そこには誰もいなかった。
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