LONG STORY

□申
1ページ/10ページ


『梅よろし』を買いに裏庭へ行くと、自販機の前に『ヨーグルッペ』を飲む髭の先輩が立っていた。身を隠そうと思ったが、バチリと目が合ってしまい、逃げ道を失った私は大人しく自販機の前まで歩みを進める。
先輩は何も言わずに数歩下がり、私は「すみません…」と頭を下げて自販機の前に立った。三角巾の中に収納された財布を取り出して、器用に、器用に…

「おい、貸せ!」
「あっ…!」
「こっち持ってろ」
「は、はい…!」

なかなか財布を開けられないでいる私に痺れを切らした先輩は、私から財布を奪うと、飲みかけの『ヨーグルッペ』を私に押し付けた。そして、財布から小銭を取り出して投入口に入れていく。

「どれが飲みてえんだよ」
「あ、えっと…これです」

返された財布を三角巾の中に仕舞い、ピッとボタンを押す。落ちてきた飲み物を拾おうとすると、既に先輩が屈んでいて「ほらよ」と手渡される。
私は「ありがとうございます…!」とお礼を言って先輩に『ヨーグルッペ』を返し、ペットボトルを受け取った。

先輩は、ズズッと音を立てて中身を飲み干し、紙の容器を握り潰してゴミ箱に投げ入れた。吸い込まれるようにゴミ箱の中に落ち、私は「わ、すごい!」と声を上げる。

「あんなの、フツーに出来んだろ」
「そう、簡単には出来ませんよ」

先輩を見上げ、私は遠慮気味に問いかける。

「あの、野球部の方ですよね?3回ほどお会いした…」
「ああ。その腕、大丈夫なのか?」
「はい。重傷そうに見えますけど、実際は大したことないんですよ」
「そうなのか?俺はてっきり…」
「こっちより、階段から落ちた時の方が危なかったです」

私はぺこりと頭を下げ、「今更ですけど、ありがとうございました」とお礼を言う。先輩は、「べ、別に。無事で良かったな!」と頬を染めた。

「先輩の名前は、何て言うんですか?」

あの時、一方的に自己紹介して逃げ出しちゃったから。
そう言うと、「…あれは仕方ねえんじゃねえの」と先輩の顔に笑顔が溢れた。

先輩の名前は、伊佐敷純。結城先輩や滝川先輩と同じ、3年生だ。



次へ  

[戻る]
[TOPへ]

[しおり]






カスタマイズ