Wisteria

□第三話
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「…というわけで、反省してください。分かりましたか?」
「あー…聞いてやせんでした。もう一回お願いしやす」

胡座をかき、平然と無視をする沖田に雨月は、がくりと項垂れる。雨月に呼ばれて部屋を訪ねた沖田は、やる気を削がれたとばかりに不貞腐れた顔をしていた。沖田はここ最近、真面目に仕事に取り組んでいた。テロを画策する攘夷浪士を幾人も逮捕しており、検挙率は格段と上がっている。それなのに反省しろという雨月に沖田は異議を唱えた。

「サボったらサボったで文句を言い、真面目に働いたら働いたでケチをつける…一体、何様のつもりでさァ。好きに暴れろって言ったのはアンタだろィ」
「破壊行為に関しては、前に土方さんから注意を受けたでしょう?お忘れですか?」
「知りやせんね、そんな話。初めて聞きやした」
「沖田さん、お願いですから話を聞いてください」

そっぽを向く沖田に、雨月は今一度、話をする。

「沖田さんが頑張っていることは知っています。近藤さんも土方さんもきちんと評価していますし、警察庁も真選組の仕事ぶりには一目置いているんですよ。ですが、市民からの評判は恐ろしい程、良くありません。その理由は分かっていますね?」
「俺のせいだって言いたいんで?」
「沖田さんだけではありません。一人一人に問題があります。もしも悪評ばかりが目立って、市民から反感を買い、解体を命じられたらどうするんですか?真選組が無くなって困るのは誰ですか?警察庁ですか?市民ですか?悲しむのは誰ですか?」

諭すような口調と知ったように喋る雨月に沖田はカチンと頭に来る。自分達の何を知っていると言うのか。御上に気に入られている雨月に、特命係という特殊な役職に就いている雨月に、集団行動も出来ない雨月に言われたくない。

「一年ちょっと過ごしたくらいで仲間面するんじゃねえよ」
「…そうですね」

雨月は目を伏せた。彼らを拒絶しているのは自分なのに、その一言は心に突き刺さった。

「ですが、分かってくれたようなので、もう結構ですよ」

そう言って立ち上がる雨月に、沖田は言い過ぎたかと思い悩む。だが、事実だと開き直った。雨月が沖田を仲間だと思っていない以上、自分達は仲間ではないのだ。

「あ、そうだ。沖田さん」

雨月の平然とした顔を、沖田は殴りたいと思った。

「この資料、近藤さんに渡しておいてください」
「………」
「沖田さん?」
「…嫌でィ。自分で渡せばいいだろ」
「沖田さんのために用意した仕事ですから、沖田さんから伝えてください」

沖田は渋々、手渡された書類を受け取る。

「…企画書?」
「春は犯罪が急増しますから、市民への注意喚起は必要でしょう?」



それから数日後、真選組はイメージアップを図る為、アイドルの寺門通を一日局長に迎え、『春の特別警戒デー』なるイベントを開催していた。江戸の町をトレーラーで走行して周り、各ポイントで市民に犯罪の警戒を呼び掛けると共に、お通のトークショーを行う。隊士達の士気も上がり、市民の注目も集まり、イベントは成功を収めると思っていた。

しかし…

「雨月…、雨月…」

誰かの呼ぶ声がして、雨月は目を覚ます。ボヤけた視界に色とりどりの着物が見えた。

「良かった、気が付いた」
「ここは…ぅ、」

頭がズキリと痛み、雨月は自分が殴られたことを思い出す。動かず、そのまま寝ていろと言う声の主だが、雨月の腕は後ろに回され、胴ごと縛り上げられており、身動きを取ることが出来なかった。

「あなたは、誰…?」
「俺だよ、俺」
「…すみません、どちら様ですか?」
「山崎だよ!山崎退!」
「おい!そこの娘!何をコソコソしている!」
「す、すみません…!足が痺れてしまって…」

雨月は目を瞑り、気絶したままのフリをする。近付いてくる足音にドキドキと心臓が脈打つ。

「足痺れたくらいで騒ぐな!正座なんかしてねえで楽にしてろ!お前らもだ!」
「は、はぃ…」

そして遠ざかる足音。怯える女性達の着物の擦れる音。安堵の溜息が聞こえた。再び、目を開けるとカツラと化粧で町娘に変装した山崎が、雨月と同様に縄で縛られた状態でいた。

「その格好は…」
「潜入捜査中なの」
「潜入…?じゃあ、まさか…」
「察しが良いね」

山崎は、ここ最近多発している『婦女誘拐事件』について追っていた。その山崎と合流したということは、どうやら雨月は、その犯人グループに攫われてしまったらしい。



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