Wisteria

□第六話
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その日、雨月は朝からご機嫌だった。鼻歌を歌いながら廊下を歩く雨月に声を掛けた山崎は、何か良いことでもあったのかと尋ねた。すると雨月は、コイコイと手招きして居間に置かれたチラシを手渡す。

「今日は、歌舞伎町のお祭りがあるんです」

チラシには、子供が描いたような絵と屋台の種類、催しなどの詳細が記入されていた。

「そういえば、屯所前の電柱にもポスターが貼ってあったね」
「あのポスターを見るたびにあと何日だ、あと何日だって。ずっとこの日を楽しみにしてたんですよ」

仕事が終わったら林檎飴を買いに行くのだと嬉しそうに話す雨月は、普段より幼く見え、山崎は「そうなんだ」と笑ってしまう。昔に比べて表情も豊かになり、こうした仕事以外の話もするようになった。大人びた印象のある雨月だが、やはり自分よりも年下でまだまだ子供なのだと山崎は思う。

雨月 理央…謎多き、白髪の青年。

山崎が雨月について調べた時、土方に報告しなかったことがいくつかある。それは、先日の派閥抗争で一躍注目を集めた白魔の王子に繋がる話で、共通することである。
雨月が裏社会で有名なのは、『HAKUMA』を偽名に隠密行動を取っていたからだと報告したが、実はその時、攘夷戦争時に名を馳せた白髪の戦士『白魔の王子』の噂も耳にしていた。通り名の由来やその人物に纏わる武勇伝などを聞いたが、『白魔違い』として流した。だが、白魔の王子を名乗る白髪の女性が現れて事態は一転し、山崎は白魔の王子について情報を集めることとなる。

雨月をはじめとする三人は、全員、白髪で"白魔"を名乗っていた。偶然にしては怪しい共通点だとして、土方は休暇明けの雨月を尋問にかけた。白魔の王子について何か知っているのではないか。留守と題して高杉対桂の派閥争いに関与していたのではないか。一番仲が良いとされる沖田からも疑われ、「もう嫌だ」と取調室から逃げ出す雨月を山崎は遠巻きに見ていた。

山崎が白魔の王子に関する情報で故意的に伏せた共通点…それは目の色である。白髪の戦士も白髪の女性も、その瞳はガラス細工のように透き通った藤色をしていたと言われている。そして雨月の瞳の色は………



「沖田さん、早く早く!」

雨月は興奮気味に夕闇の町を急ぐ。その背中を追う沖田は、「そんなに急がなくても祭りは始まったばかりですぜ」と返事を返す。去年の祭典では沖田が雨月を連れ出そうと急かしていたが、今日は立場が逆転していた。

「たく、ガキは元気だな」
「はっはっは、子供は元気が一番だぞ、トシ」

そんな二人の後ろを近藤と土方が歩く。沖田の手を引いて走り出す雨月を見て、普段からそのくらい愛想良く笑っていればいいのにと二人は思った。特に近藤は雨月の笑顔を間近で見たことが無く、気を許した人だけが見られる笑顔として少し羨ましく思っていた。だからというわけではないが、雨月が祭りに行くと聞いてこれはチャンスだと思った。仕事外の付き合いを拒絶していた雨月がプライベートのことを口にした時点でかなり丸くなったものだが、そのプライベートの時間を共に過ごせば距離も縮まり、笑ってもらえるのではないかと近藤は考えたのである。

しかし、いざ雨月を誘うと先約があると断られた。

「前々から沖田さんと約束してて。僕の一存では決め兼ねます」
「じゃあ、総悟の許可を取れば一緒に行っても良いんだな!」
「俺は構いやせんぜ」
「総悟!」
「祭りは皆で楽しむ物でさァ。それを近藤さんから奪う権利は俺にはありやせん。…ところで、近藤さん。土方さんは誘ったんですかィ?」
「いや、誘ってないが…」
「なら、声掛けてやらねえと。後で置いていかれたなんて拗ねられちゃ堪んねえでさァ」
「あの…沖田さ、」
「うむ、それなら俺が伝えよう!ありがとうな、総悟!雨月も!」

近藤は、ルンルンとスキップしながら廊下を行く。その姿が見えなくなると、言葉を遮られた雨月はもう一度、沖田を呼んだ。

「一体何を企んでいるんですか?」
「企む?財布は多いに越したことねえだろィ」
「…本当、沖田さんは油断なりませんね」
「アンタはそういう関係じゃないんで安心していいですぜ」
「どういう関係だか分からなくて何も安心出来ないんですけど…?」



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