Wisteria

□第三話
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朝、制服に着替えているとどこからか女の人の声が聞こえてきて、雨月はうっすらと襖を開けた。すると、やはり「ごめんくださーい」と呼ぶ声がして雨月はジャケットを持って部屋を出た。

「すみません、お待たせしまし…た?」

廊下を急ぎ、ジャケットに袖を通した雨月が玄関に着くと、近藤が柳色の着物を着た女性と親しげに話をしていた。雨月の存在に気が付いた女性は、目を丸くして固まった。

「雪…」
「え?ユキ?」

近藤は、女性が見つめる先に視線を向ける。

「ああ、『雪』ね!あいつは雨月ですよ!雨月!」

近藤に呼ばれた雨月は、女性に会釈して近藤の隣に立った。

「こちらは、沖田ミツバさん。総悟のお姉さんだ」
「え、沖田さんの…?」
「はじめまして、そーちゃんがいつもお世話になってます」
「こちらこそ、沖田さんには良くして頂いて。特命係の雨月です」
「まあ、ドラマの?相棒の方は?」
「いません。僕一人だけです」
「あら、それは大変そう…。あ、そうだ。良かったらこれ、差し入れを持ってきたんです。皆さんで召し上がって?」

ミツバは、紙袋を雨月に差し出す。
雨月はお礼を述べてそれを受け取った。

「あの、近藤さん。良ければ客室の方に…」
「そうだな。ささ、どうぞ、上がって上がって!」
「じゃあ、お邪魔します」
「雨月、お茶を頼む。ついでに総悟も起こしてきてくれ」
「承知しました」

紙袋を持ってミツバに一礼し、雨月はその場を離れた。お湯を沸かしている間に沖田を起こしに行こうかと給湯室を出たところで、雨月は土方とぶつかった。

「おっと、雨月か」
「すみません、土方さん。前見てなくて…」

そう謝る雨月は、土方を見ていなかった。いつもなら薄紫色の瞳と目が合うのにと不思議に思った土方は、雨月の前髪に触れる。

「どうした?」
「ぇ…」
「何かあったのか?」
「あ、いえ…何も。僕、沖田さんを起こしに行かないと」
「待てよ。アイツなら放っといても勝手に起きるだろ」
「近藤さんが起こして来いと。今、沖田さんのお姉さんがいらしてるんです」

瞬間、土方の取り巻く空気が変わり、次は雨月が不思議に思う番だった。土方は、パッと雨月の腕を離すと、自分が呼んでくると来た道を戻っていく。呼び止めるも土方に無視され、雨月は、頭を抱えて溜息を吐く。

『雪…』

脳裏に浮かぶ、ミツバの顔。
それとは似ても似つかぬ女の顔が思い出される。

『…お願い、雨月さん』

『あなたの手で、その剣で…』

『私を殺して…』

女は泣いていた。そして、その体は血に濡れていた。



近藤の配慮もあり、休暇を取った沖田は、ミツバを連れて江戸の町に出た。しかし、起きてすぐミツバに会いに行った沖田は朝食を食べておらず、町を散策する前にまずは腹拵えしてからと二人はファミレスに入った。

「じゃあ、今回は嫁入り先に挨拶も兼ねて江戸に?」
「ええ、暫くは江戸に留まるから、いつでも会えるわよ」
「本当ですか?嬉しいっす」
「私も嬉しい」
「姉上が嫁入りして江戸に住めば、これからいつでも会えるんですね」
「そうよ」
「僕、嬉しいっす」
「うふ、私もよ」

その様子を隠れて観察していた十番隊隊長の原田は、耐え切れず、吹き出す。

「プフー!『僕』だってよーっ!」
「…でも、僕、心配です。江戸の空気は武州の空気と違って汚いですから。お体に触るんじゃ…。見てください、あの排気ガス!」
「え?なーに?どれ、そーちゃん」

ミツバが窓の景色に視線を奪われている隙に、沖田は隠し持っていたバズーカを取り出し、山崎と原田を吹き飛ばした。もくもくと黒煙が上がり、室内に焦げた臭いが充満する。

「まあ、何かしら?臭ーい」
「酷い空気でしょう?姉上の肺に触らなければいいんですが…」
「病気なら大丈夫。そーちゃんの毎月の仕送りのお陰で治療も万全だもの。それよりも、そーちゃんこそ大丈夫なの?ちゃんと三食ご飯食べてる?」
「食べてます!」
「忙しくてもちゃんと睡眠取ってるの?」
「取ってます!羊を数える暇もないですよ」
「皆さんとは仲良くやっているの?いじめられたりしてない?」
「うーん、偶に嫌な奴もいるけど、僕、挫けませんよ」
「じゃあ、友達は?」

「悩みの相談が出来る親友はいるの?」と問うミツバに、沖田は言葉を詰まらせた。



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