Wisteria

□第四話
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沖田は夢を見ていた。
そこはどこまでも続く白の世界。女神を名乗る阿婆擦れ女を手駒にして、さあこれからだという時に現実世界から迎えがやってきた。

「沖田さん、沖田さん。起きてください」

稽古場で眠りこける沖田を揺すり起こす雨月。
沖田は、寝心地悪そうに寝返りを打った。

「しつけえな、母ちゃん。まだ学校は休みだって言ってるだろィ…」
「誰がお母さんですか。寝惚けてるんですか?いいから起きてください」

雨月は、「こんなところで寝てたら風邪引きますよ」と沖田のお腹を叩いた。ギシギシと軋む音を鳴らして離れていく足音に、沖田は上半身を起こしてアイマスクを外す。

「神棚壊したの沖田さんですか?」
「神棚?」

沖田は壁を見る。そこにあるはずの神棚は床に落ちて壊れていた。雨月は、ゴミ袋を用意して壊れた神棚を片付け始める。その背中に近付いていって沖田は雨月に声を掛けた。

「土方のヤローと何の話をしてたんですかィ?」
「気になりますか?」
「質問してるのは俺でさァ」
「…別に、大した話はしていませんよ。遊覧船がまた事故を起こしたとか、その事故に近藤さんが巻き込まれていたとか、沖田さんが今日も仕事をサボってるとか」
「は?昨日は俺、ちゃんと働いてましたぜ」
「昨日今日の話では…というか、沖田さん、昨日はお休みでしたよね?」
「休むのも仕事のうちって言うだろ?」
「沖田さんは休み過ぎだと思、痛っ!何で叩くんですか!」

頭を抱えて雨月が振り向く。藤色の瞳と目が合い、沖田は久し振りにその色を見た気がした。いつだか、この瞳を見ようと毎日のように話し掛け、無視され、嫌がらせをしていたことがある。今では名前を呼べばすぐにこの目を見ることが出来るが、近くで観察したことは未だ嘗て一度もない。沖田は、床に屈むとガシッと雨月の顔を掴み、その目をじっと覗き込んだ。

「わ、ちょ、近っ…近いです、沖田さん!」
「うわ、すげえ。近くで見るとマジでガラスみてえ」
「〜っ…だから、近いですって!」
「おい、動くなよ」
「痛い!首の骨折れる!」
「だから動くなって言ってんだろーが」
「うぅー…僕、そんな風に見られるの、好きじゃないんですよ…」

雨月が目を伏せると、こっちを見ろと沖田は命令する。見なければ眼球を抉ると脅され、雨月はおどおどとした目付きで沖田を見た。沖田は、真剣な表情でじーっと雨月の目を見つめていた。

「…あの、もうそろそろ、」
「雨月」
「…はい」
「舐めてみてもいいですかィ?」
「はい!?」



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