Wisteria

□第六話
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ある人が遠征の仕事を終えて江戸に帰って来るらしく、真選組屯所にはたくさんの荷物が届いていた。中には隊士達への土産物として新型武器や上物の刀があり、隊士達はそれを我先にと取り合う。

「雨月ー、お前も欲しいのがあったら取らねえと無くなっちまうぞー」
「僕はいいですよ。刀を新調するつもりはありませんし、そのイトウさん…?のことも知らないので」
「ああ、そっか。雨月は知らないんだっけ?」

隊士達の話では、雨月が真選組に配属される少し前にその人は仕事で江戸を離れたらしい。その人物の名前は伊東鴨太郎。入隊して一年程で参謀に就き、頭が切れると主に政治面で活躍している。剣の腕も確かで、北斗一刀流免許皆伝を持つ、文武両道に秀でた優良な男だという。

「伊東鴨太郎先生の帰陣を祝して、かんぱーい!」
「「「かんぱーい」」」

その日の夜。屯所では祝賀会が行われていた。コの字に並んだ上座には、近藤を挟んで右に伊東、左に土方が席に着いていた。伊東の隣に雨月、土方の隣に沖田が向かい合う形で座り、各々に用意された食膳に手を付ける。

「いや〜、伊東先生。今回は本当にご苦労様でした」

近藤は伊東の御猪口に酒を注ぐ。

「しかし、あれだけの武器…よくもあの幕府のケチ共が財布の紐を解いてくれましたなぁ?」
「近藤さん、ケチとは別の見方をすれば『利に聡い』ということだ。ならば僕らの出資によって生まれる幕府の利を説いてやればいいだけのこと。最も、近藤さんの言う通り、地上で這い蹲って生きる我々の苦しみなど意味も返さぬ頑迷な連中だ。日々、強大化していく攘夷志士の脅威を分かりやすく説明するのも一苦労だったがね」
「…ハハハ、違いない!違いないよ!ガンメーだよね、アイツら。本当、ガンメー!」
「近藤さん、ガンメーって何ですかィ?」
「うるさいよ、お前は!子供は黙ってなさい!」
「…頑固でものの道理が分からないという意味ですよ」
「近藤さん、あのような者達が上にあってはいずれこの国は滅ぶだろう。我々はこんなところでいつまでも燻っていてはいけない」

立ち上がった伊東は、熱弁する。

「進まなければならない!僕らはもっと上を目指して邁進しなければいけない!そしていずれは国の中枢を担う剣となり、この混迷する国を救うことこそが、この時代の武士として生まれた者の使命だと僕は考える!そのためならば、僕は君にこの命を捧げても構わないと思っている!」

近藤の肩に手を置く。

「近藤さん、一緒に頑張りましょう!」
「うむ。皆!ガンメイに頑張るぞ!」
「…いや、頑迷の使い方、間違ってます」

伊東は静かに席に戻った。そして、食事をする雨月の元へと移動する。

「はじめまして。君が特命係の雨月理央君だよね」
「…どうも」

伊東に徳利を差し出された雨月は、形だけと御猪口に酒を注いでもらう。

「噂には聞いているよ。何でも御上のお気に入りだとか…。腕を買われて護衛を仰せ付かっていたのに、今は書類仕事ばかりさせられているんだって?」
「させられてるって…僕が望んでやっていることですよ。特命係は元々内勤ですので。ここでやれることはそれくらいしかないんです」
「そんなことはないだろう。君は優秀な人だ。書類仕事も大事だが、君が外に出てその腕を振るえば、攘夷志士の粛清も容易に済むだろう。内勤だけでは勿体ない。近藤さんに話を通そう。これでは宝の持ち腐れだ」
「一応、市中見回りで偶に出動してます。役職が珍しいからそう見えるだけで、僕自体はそんな出来た人間じゃありません」
「理央君は謙虚なんだな。あぁ、理央君と呼んでも構わないか?」
「…呼び方は特に気にしないので好きに呼んでもらって構いませんけど」
「じゃあ…」

スッと近付いてきた伊東は、雨月の耳元で囁く。

「白魔の王子サマと呼んでも良いのかな?」

パキン…ッと割れる御猪口。お酒が溢れ、制服のズボンを濡らす。雨月は視線を逸らすことなく、伊東を見つめていた。

「…ッ、雨月!」

沖田の慌てる声に周りがしんと静まり返りる。雨月の握り締めた右手からは赤い血が滴り落ちていた。伊東の耳には今もなお、パキパキと破片の砕ける音が聞こえており、飲み込まれるような紫苑色の瞳に睨まれた伊東は、金縛りに遭ったかのように動けずにいた。

「あー…すみません、伊東さん。僕、酔ってしまったみたいで…」

右手に巻いたお手拭きは鮮やかな赤へと変色し、少し席を外すと会場を出た雨月だったが、その席に雨月が戻って来ることはなかった。



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