Wisteria

□第四話
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近藤が女に振られた上、女を賭けた決闘で卑怯な手を使われて負けた。銀髪の侍にやられたのだとスピーカーで触れ回る沖田に、雨月は遂に騒音のクレームを入れた。

「どうして僕の部屋の前で騒ぐんですか」
「負傷した近藤さんに追い討ちをかけ、近藤さんの未来を奪ったのが雨月だからでさァ!」
「…この至近距離でそのスピーカー要りますか?」

耳を塞ぎ、あからさまに嫌がる雨月を、沖田はニヤニヤと笑う。ここ最近、沖田は何かと自分に対して嫌がらせを行う。仕事中、人の部屋に押し掛けてきては書類を散らかして帰る。明け方、大量の目覚まし時計や鳥黐を廊下に並べていたり、食事をしようものなら横から人のおかずを奪ったりする。
そして今、彼はこうしてスピーカーを用いて大将の不名誉な実話を雨月の部屋の前で言いふらしていた。雨月は、はぁ…と溜息を吐く。
諦めて部屋に戻ろうとすると、スピーカーで呼び止められる。

「今から会議があるんで呼びに来やした!」
「………」

沖田と会議室に行けば隊長格が集まっており、土方が席に着けば、沖田が触れ回っていた近藤の話は本当かと問い詰めた。その事を事実だと認め、騒ぎ始めた隊長達を土方が一喝する。
濡れ衣で切腹を申し立てられた山崎を他所に、雨月は巻き込まれまいと部屋の隅でお茶を飲む。その隣には勿論、沖田が座っていた。

「おいーす!いつになく白熱した会議だなぁ、オイ!」

そう言って会議室の襖を開けたのは、話題の人物…近藤だった。

「よーし、じゃあ皆、今日も元気に市中見回りに行こうか!」

彼の左頬はパンパンに腫れ上がっており、それを見た隊長陣は言葉を失い、土方は深い深い溜息を吐いたのだった。



「え、僕が行くんですか?」
「馬鹿、お前"も"行くんだよ」

名誉と誇りを賭けて、近藤を負かした銀髪の侍を探すと江戸中を走り回っている真選組隊士達。その彼らが町中に張り紙をし、近藤が負けたことを言いふらして回っているそうだ。しかも、自らの手で真選組の評判を下げていることに気付いてないらしい。

「僕にどうしろと言うのです?隊士達は僕の命令には従いませんよ」
「何偉そうに言ってんだ。その原因はてめーだろうが」
「そうですぜ。地面に頭擦り付けてお願いしてみなせェ。そうすれば皆、雨月の言うこと聞いてくれまさァ」
「何で僕が土下座しなければならないんですか。そもそも、これは私怨でしょう?上司と部下の尻拭いをするのはあなた達の仕事ではないんですか?」

文句を言いながらも、結局外に連れ出された雨月は、仕方がないと電柱や壁に貼られた張り紙を見つけては破り剥がして歩く。

「町に迷惑がかかって苦情が来たら、最終的にお前の責任になるんだ。事が大きくなる前に片を付けるのはお前の仕事なんじゃねえの」
「…わかりました。そう仰るなら僕にも考えがあります」

ぐしゃぐしゃに丸めた張り紙を沖田の持つゴミ箱に捨て、雨月はスタスタと歩いていく。「どこに行くんです」と追いかけてくる沖田に、井戸端会議に参加するのだと答える。

「彼女達にデマを拡散してもらうんです。これは真選組が内輪で行なっているオリエンテーションで、隊士達にはやる気を出させる為、真選組の局長が銀髪の侍に負けたという嘘を吹き込んだ、ってね」
「あー、なるほど。確かにその内容なら近藤さんの名誉も真選組の評判も下がらずに済みやすね」
「銀さんには申し訳ないですが…」

雨月はそう言って目を伏せる。

「銀さんって…銀髪の侍だからですかィ?」
「…そういうことですので、僕は僕の仕事をしますから沖田さんもお仕事、頑張ってくださいね」
「雨月に言われなくてもいつも頑張って仕事してまさァ」

ムッとした沖田をクスリと笑って、雨月は路地裏に消えた。驚きのあまり目を丸くして固まった沖田は、急いで土方の元へ戻り、その頬を引っ張った。

「イテテテ!てめ、何すんだ総悟!」
「今、雨月が笑った」
「…はぁ?」
「夢じゃない…?」
「おま、だきゃら、じぶんのでひゃれ!」



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